第011話「妹とダンジョンに潜ろう」

「あははははー! そうはならんやろっ!」


 俺は父ちゃん名義で契約してもらったスマホで、動画サイトを見ながら爆笑していた。


 その動画では、とある有名なゲーム実況者が、ありえない動きをしながら、ゾンビの大群を薙ぎ倒しまくっているのだ。そのあまりに奇抜な動きに、俺の腹筋は崩壊しそうになる。


 いやあ、本当に笑える。こんな動きあり得ねぇだろ……。


「もぐもぐ、パリパリ。ゴクゴク、ぷはぁー」


 寝っ転がってポテチを食べながら、コーラを飲んで動画を見ていると、後ろから不意に声をかけられた。


「ちょっとお兄ちゃん。だらけすぎじゃない? 家帰って来てからずっと食っちゃ寝してスマホ見てばっかじゃん」


 振り返ると、そこには呆れ顔を浮かべている妹の姿があった。


 そうは言うけどさぁ。24年もずっと殺伐とした異世界で生きてきたわけで、平和な日本に帰って来た途端にダラけてしまうのはしょうがないと思うんだよね。


「それにお菓子とかジュースもばくばく食べたり飲んだりしてるし……。せっかくスタイルいいのに太っても知らないよ?」


 日本の食べ物が美味すぎるのがいけないんだ。それに――


「あー、俺。体形変化しない体質だから大丈夫なんだよね。どれだけ暴飲暴食しても、肉体は成長も劣化もしないの。ちなみに肌荒れとかニキビとも無縁だぜ?」


「はぁ!? 何それ!? ずるくない!? 私なんて油断してたらすぐ体重増えるのに!?」


 ふふん、羨ましいだろ。これは不老ギフトの副次効果なのだ。


 まあ、胸や尻ばっかりに栄養が行っていたのか、身長がまだあまり伸びてなかったので、正直言ってもう少し大きくなってから成長が止まって欲しかった、と思わなくもない。


 だが、美しくスタイル抜群な美少女ボディのまま、劣化する事なく永遠に若々しい姿をキープできるというのは、非常に素晴らしい事だろう。


「まあ、お前は成長期なんだからさ、もっと食って俺みたいな美ボディを目指せよ。ほら、俺のポテチ食うか?」


「ポテチじゃ美ボディどころか、デブボディに一直線じゃん。私はもっと健康的な肉体美が欲しいの」


 そう言いながらも、袋から一つまみしてパリパリとポテチを食べだす妹。


 うむ、美味いものには逆らえんのだ。だって、人間だもの。


「それよりそんな暇ならさ、私と一緒にダンジョン潜ってよ。お兄ちゃんめちゃくちゃ強いんでしょう?」


 確かに俺は異世界では7人しかいない特級冒険者の1人だった。こちらの世界のダンジョンくらいなら目を瞑ってても攻略出来る自信がある。


「うーん、まあいいか。たまには運動しないと身体が鈍るし、一緒にダンジョン行くか?」


 俺の言葉に雫は嬉しそうな笑顔を見せる。だが、すぐにその表情が曇った。


「でも、まずはお母さんを説得しなくちゃダンジョン潜れないんだけどね……」


「え? 何でよ?」


 雫も探索者資格を持っていたはずだ。普通に許可が出るんじゃないだろうか?


「あのさぁ……お兄ちゃんがダンジョンで死んだからでしょ!? そのせいで私、ダンジョン入るのお母さんから禁止されてるんだよ!?」


「お、おぅ……」


 レベルアップ能力持ちの人間は、誰であろうとダンジョン探索者の資格を与えられる。だが、未成年はダンジョンに潜るのに保護者の同意が必要なのだ。


 それでも殆どの親は、子供にダンジョン探索の許可を出す。それは子供がダンジョン内で危険な目に遭うリスクよりも、得られる恩恵の方が大きいからだ。


 今この世界は、ダンジョンから取れる魔石や、レアアイテムなど、"ダンジョン資源"と呼ばれる物資によって成り立っていると言ってもいい。


 モンスターから取れる魔石は、今や世界の主要エネルギー源だし、レアアイテムの中には、若返りの薬や、どんな病気や怪我でも治してしまうような秘薬など、売れば一生遊んで暮らせるようなものまで存在する。


 無茶な攻略・・・・・さえしなければ、レベルアップ能力持ちの子供は、それほど危険な目に遭わずに大金を稼ぐ事が出来るのだ。


 それに、レベルアップ能力やスキルは10代の人間しか目覚めない。10代のうちにダンジョンに入って、これらの能力を獲得しておけば、20代になってもまだその力は使えるが、それも30歳になれば失われてしまう。


 なので、探索者の資格は10~29歳の若者だけに与えられた特権であり、10代の少年少女がダンジョンに入るのを反対する親は少ないのだ。


 ……が、身内がダンジョンで死んだ、などという事情があれば話は別である。


「そ、それはすまん……。確かにあの母ちゃんが、兄がダンジョンで死んだのに妹がダンジョンに行くのを許可するとは思えないな」


「そうなの! だからお兄ちゃんがお母さんを説得するしかないの!」


 ええ~、それは面倒だなぁ。母ちゃん魔王軍四天王より怖いしなぁ。


 だが、かわいい妹の頼みだ。ここは兄として一肌脱ぐとしよう。




「駄目に決まってるでしょ!? あんたぁ! ダンジョンで死んだんだよ!? 雫まで危険な目に遭わせる気かいぃ!?」


 夕食の席で、俺は母ちゃんに雫のダンジョン行きを許可してくれと頼んだのだが、案の定、却下された。


「い、いや……。でも俺、異世界じゃ特級冒険者だったし、こっちのダンジョンくらい余裕だって」


「特急だか快速だか知らないけど、駄目なものは駄目なのぉ!! ダンジョンなんか行って、また万が一の事があったらどうするつもりだい!?」


 そう言って、俺を睨みつける母ちゃん。


 うぐぅ……。ダンジョンで死んでしまった身としては何も言い返すことが出来ない。親として至極真っ当な反応だろう。


 でもなぁ、今の俺。本当に強いんだよ。アストラルディアでは、魔王や太古の魔物、特級冒険者など、やべー奴らがうじゃうじゃいるから、俺が一番だとは到底思えないけど、はっきり言って、地球では最強だと思う。


「まあまあ、お母さん落ち着いて。それで、実際のところどうなんだい? 高雄くんはどれくらい強いのかな? 本気でダンジョン攻略をしたら世界探索者ランキングに入れたりするの?」


 父ちゃんが助け船を出してくれた。ナイスフォローだ。流石は我が家の大黒柱。頼りになるぜ。


「入れるっていうか……。たぶん世界探索者ランキング1位になれると思う」


 俺は正直に答えた。これは嘘ではない。


 探索者の中には、動画投稿サイトに自身の冒険の様子をアップロードしている、ダンジョン配信者と呼ばれる人達がいる。


 世界で最も有名なダンジョン配信者は、チャンネル登録者数1億人を誇る"アリス・アークライト"いうイギリス人の女の子で、彼女は世界探索者ランキングで常にトップ5に入っている。


 俺も当時は彼女の動画を見て、その凄まじい強さに憧れ、羨望の眼差しを送っていたものだ。


 だが、今の俺は確実に彼女より上だと自信を持って言える。


 俺が見たところ、あのアリスですら、動画では隠している奥の手があったと仮定しても、アストラルディアでは特級冒険者や魔王軍四天王には及ばないだろう。おそらく1級冒険者の上位と互角くらいではなかろうか。


 だから、魔王軍四天王を余裕で倒せる俺が、世界探索者ランキングのトップに立てるのはまず間違いない。


「兄ちゃんすごい! あのアリスよりも強いんだ!」


 空がキラキラとした瞳で、尊敬の念を込めた視線を送ってくる。


 かわいい。弟よ、お前は世界弟ランキング1位のかわいさだぞ。


「うーん、お母さん。認めてあげてもいいんじゃないかな? 高雄くんがこれほど自信を持って言うなら、実際にかなりの力があるって事じゃないのかい?」


 父ちゃんが優しく諭すように、母ちゃんを説得してくれる。


「……そうだねぇ。この子は自分をわきまえてるだけあって、昔から大きいことは口にしない。つまり、かなり謙虚に言っているはずさね。そんな子がここまで断言するんだ。それ相応の力はあると思っていいのかもしれないねぇ……」


 母ちゃんが顎に手を当てながら、考え込むようにして言った。


 そう、前世の俺は勉強も運動も平均以下のモブでしかなかった為、かなり慎重で謙虚に生きてきた。自分の実力を正確に把握し、身の丈にあった行動を取るようにずっと心掛けてきたのだ。


 だからあの時、西方の無茶なダンジョン攻略に付いて行ったのは、俺の人生最大の失敗であったと、今更ながら思う。


「よし! わかったよ! あんた達2人一緒なら許可してやる! ただし、絶対に無理はしないこと。危なくなったらすぐに逃げること。約束できるかい?」


 母ちゃんはそう言って、俺達兄妹の目をじっと見つめてくる。


 俺と雫は互いに顔を見合わせ、こくりと大きく首肯した。


 こうして、俺と妹は両親公認で、ダンジョンへ行く許可を得ることができたのである。

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