第009話「恒例の質問大会」

「…………」


 居間にあるテーブルを囲むようにして、山田家の面々と対面する俺。


 だが、誰も口を開くことなく、気まずい空気が流れていた。


 テーブルを挟んで向かい側に座っているのは、母ちゃんと父ちゃん。俺の右隣には雫。左隣には、空がくっつように座っており、こちらに顔を向けてニコニコしている。


 うん。かわいい。


「そ、それじゃあ。このお兄ちゃんが本物のお兄ちゃんかどうか、確認大会を始めたいと思います!」


 沈黙に耐えかねた雫が、司会進行を買って出る。


「確認ってどうするんだい!?」


 母ちゃんはまだ俺のことを信用していないらしく、鬼の形相で包丁を握っている。


「う~ん、こういう場合は本物の高雄くんしか知らないようなことを質問するのが定番だよね」


 父ちゃんが顎に手を当て、思案顔で言った。


「ええ~、必要ないよ~。兄ちゃんは絶対兄ちゃんだって! 僕、わかるもん!」


 そう言って、再びギュッと俺の腕にしがみついてくる空。


 ああ、癒されるんじゃ~。


 今すぐ高雄スーツを脱いで、ギュッと抱きしめて頭をわしゃわしゃしたい衝動に駆られるが、ここでいきなりモブ顔長男の中から美少女ソフィアちゃんが登場しようものなら、母ちゃんの包丁が火を噴くことになるだろう。


 なので、ここは我慢だ。


「ん~、とりあえずはお父さんの案でいってみようよ。誰から質問する?」


 雫の言葉に、父ちゃんが右手を上げた。


「それじゃあ僕から質問させてもらおうかな? 高雄くん、僕らが昔飼っていた九官鳥の名前を覚えているかい?」


 お、懐かしいな。


 俺が小学生に上がったばかりの頃、父ちゃんが会社の同僚から譲り受けてきたという、九官鳥を飼い始めたのだ。寿命で死んでしまった時は、家族全員が号泣するほど悲しんでいたっけ。


「キュー太!」


「うん、正解だよ!」


 俺の答えに満足した父ちゃんが嬉しそうな声を出す。


「ふん! キュー太の名前くらい、ご近所さんでも知ってるさね! それくらいであたしを納得させられると思ってるのかい!?」


 母ちゃんが包丁を握りしめて、ギロリと睨んでくる。


 この人、魔王軍四天王なんかよりよっぽど怖いんですが……。


「はい! はい! 次は僕ね! え~と、僕の体に一箇所だけホクロがある場所を知ってる!?」


 今度は空が元気よく手を上げて、そんなことを聞いてきた。


 ふふん、空とはいつも一緒にお風呂に入っていたので、当然知っている。


「右のお尻!」


「正解! やっぱり兄ちゃんだ~!」


 俺が答えると、空は満面の笑みを浮かべて、抱きついてきた。


 空の笑顔を見て、母ちゃんの顔が一瞬緩む。だが、すぐに険しい表情に戻り、また俺を射殺すような視線を送ってくる。


「ふ、ふん! そんなの山勘でも当たるよ! まだあたしは信じてないからね!!」


 強情な母ちゃんだなぁ……。もういい加減に俺を信じてくれよ……。


「じゃあ次は私ね。私はもっと、お兄ちゃんっぽさが滲み出るような問題でいくからね!」


「俺っぽさが滲み出るって何だよ……」


「質問というかクイズだね。いい? クイズだよ? 準備はいい?」


「お、おお! バッチリだ!」


 クイズって念を押してきたけど、一体どんな問題を出すんだろう? 少しドキドキするな!


 俺が期待の眼差しを向けると、雫は俺の目を見つめながら口を開いた。


「それでは第一問いきます!! アマゾ――」


「ポロロッカ!」


 俺と雫は互いに見つめ合い、ニッコリと微笑んだ。


 ――ガシッ! ガシッ! ガシッ! パァーンッ!


「「いぇ~い♪」」


 俺達は腕を交差させ、ハイタッチを交わす。


 うむ、以心伝心だ。


「お母さん! これ絶対本物のお兄ちゃんだって! こんなくだらないノリができるの、お兄ちゃんしかいないって!」


 雫が母ちゃんに向かって熱弁を振るう。


 すると、母ちゃんはワナワナと震え出した。


「ぐぬぬぬぬぬーーーー! おのれ~~~~! あたしゃ、認めないよっ! 絶対に化けの皮を剥いでやるからねぇっ!!!」


 母ちゃんは般若のような顔で、再び包丁を振り回す。もう完全に意地になっているようだ。


「最後の質問はあたしだよ! これが答えられたなら、あんたが本物だと認めてあげるよ!」


 母ちゃんは包丁をテーブルの上に突き刺して、ドヤ顔で宣言する。


 おっ! いよいよラスボス登場か! さて、何が来るのか……? 自信たっぷりの様子だし、これはなかなか難しい問題かもしれないぞ。


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 母ちゃんはスゥーッと息を吸い込むと、大きく口を開く。



「"やわらかおっぱいJKスペシャル12時間"? "おっぱい女教師、秘密の放課後レッスン"? 何の事です?」



「高雄秘蔵フォルダ(おっぱいコレクション)ぁぁぁぁああああああああ!!」


 俺が絶叫すると同時に、母ちゃんの目がカッと見開かれる。


「息子!! 高雄! ……」


「絶対見るなって書いてあったよね!? 秘蔵フォルダの前のフォルダが『俺が死んでも絶対見るな』って名前だったよね!? 何で見るのぉおぉ!?」


「見るなってことは、見ろって意味だろう? とにかくこのフォルダの中身を知ってるのはあたしと高雄のみ! どうやら本物のようだね……!」


 母ちゃんは遂に俺を本物だと認めたようだ。だが、その代償はあまりにも大きかった。


 しかし、それだけでは終わらなかった。ガックリと項垂れる俺に、追い打ちをかけるように雫が口を挟む。


「え、えーと……。私もそれ知ってるけど……」


「知ってるって何を!?」


 非常に嫌な予感がするが、俺は恐る恐る雫に尋ねる。


 すると、雫は顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声で言った。


「た、高雄秘蔵フォルダ(おっぱいコレクション)の中身……」


「何で知ってるのぉぉぉぉおお!?」


「だ、だって見るなって書いてあったから、見ろってことだと思って……。お兄ちゃん死んじゃったし、何か私にメッセージとか残してないかなぁって。そ、そしたら変なフォルダがあったから、気になって開いてみたら……」


「見るなってことは、見るなってことだよ! パソコンの怪しいフォルダに妹へのメッセージなんて残すわけねーだろぉおお!! うちの女衆、揃いも揃ってアホなの!?」


 これだから女って生物は……。男のパソコンの中身やベッドの下を勝手に漁るっていう、あの習性はほんと何とかしていただきたい。


「兄ちゃん……」


「高雄くん……」


 弟と父が同情するような視線を向けてくる。


 山田家の居間に、俺のすすり泣く声だけが虚しく響いた……。




 ともあれ、だ。

 

 失ったものは多いが、これでようやく家族全員から、俺が高雄であると認められたわけだ。


 ならばそろそろ高雄スーツを脱いでもいいかな? 汗でおっぱいが蒸れて気持ち悪いし、暑くてしょうがないんだけど……。


 ……いや、まだだ。


 今脱いだら、きっと母ちゃんの包丁が飛んでくるに違いない。もう少しだけ我慢しよう。


「で? あんたが本物の高雄なのはわかったけど……。だったら、2年間も何やってたんだいっ!? あたしゃ、あんたが死んだって聞いて、そりゃあもう悲しかったんだよっ!?」


 母ちゃんが包丁をブンブン振り回しながら、涙目で俺に詰め寄ってくる。


 もういい加減包丁は置いてくれ……。


「そうだよお兄ちゃん。死体が見つからなかったみたいだから、私はもしかしたらって思ってたけど、生きてたんならどうして今まで連絡くれなかったの?」


 雫が泣きそうになりながら、俺に問いかけてくる。


 空も目にいっぱいの涙を浮かべているし、父ちゃんも感極まったように、両手をギュッと握りしめていた。


 う~ん、どう説明したもんかなぁ……。


 まあ、ここで隠しても仕方ないし、正直に話すしかないか。


「実は……。生きてたわけじゃなくて、死んで異世界に転生してたんだよ。それで、転移能力を手に入れたから、地球に戻って来たんだ」


 俺の言葉を聞いて、家族全員がポカーンとした表情になる。


「お兄ちゃん……。異世界転生って、ウェブ小説の見過ぎじゃない?」


 雫がジト目を向けてきた。


 ダンジョンがある世界で生活してる癖に、異世界転生を否定すんじゃねえよ……。


「異世界転生というと、違う世界で生まれ変わるってやつだろう? それにしては高雄くんは僕の知ってる姿そのままだけど、一体どういう事なんだい?」


 父ちゃんの質問に、全員が俺の方へ注目する。


 ……遂にこの時が来たか。


 俺は覚悟を決めて、真実を告げる事にした。


「実は……。これは今の俺、本来の姿じゃ無いんだ……」


「……え?」


 雫がキョトンとして首を傾げる。


 他の皆も、俺が何を言い出すのかわからないといった様子だ。


「魔法で前世の自分の姿を再現しているだけなんだ。いきなり本当の姿で現れても、誰も俺だと信じてくれないと思ったからね。今の俺は高雄とは似ても似つかない姿だよ」


 俺は水魔法で水球を出現させると、それを空中に浮遊させる。


「ま、魔法……! 兄ちゃん、魔法使いなのっ!?」


 空が興奮気味に身を乗り出してきた。


 地球のダンジョンでも魔法のスキルはあるが、激レアで持っている人間は殆どいない。それに当然、ダンジョンの外ではスキルを使う事は出来ないので、実際に魔法を見る機会など無いに等しいだろう。


「こんな事も出来るぜ?」


 今度は炎の球を空中に浮かべると、それを不死鳥のような形に変形させた。地球には魔素がないので、この魔力操作は大変だが、なんとか上手くいったようだ。


 これを見て雫はキラキラと瞳を輝かせながら、声を上げる。


「大魔王からは――」


「――逃げられない!」


 俺と雫は互いに見つめ合い、熱い視線を交わす。


 ――ガシッ! ガシッ! ガシッ! パァーンッ!


「「いぇ~い♪」」


 再びハイタッチをする俺達。


 こいつは兄のベッドに寝っ転がりながら、兄の持ってる少年漫画名作コレクションを全て読破する系妹だからな。完全に俺の思考を理解してくれているのだ。


「ふん! もうあんたが完全に高雄だってことは理解したよ。なら、さっさと正体を見せてごらん! あたしゃ、あんたがどんなモンスターのような姿をしていても受け入れてやるよっ!」


 か、母ちゃん……! ありがとう!


「で、では。変身を解きます……」


 山田家の居間に、緊張が走る。


 俺は大きく深呼吸すると、全身に意識を集中させ、ゆっくりと変化を解く作業に入った。


 どろりと溶けるように、高雄スーツが剥がれ落ちていく。


 そして、その中に包まれていたソフィアの肉体が露になる。



「「「「……………………」」」」



 俺の本来の姿を見て、家族全員が大きく目を見開き固まってしまった。


 ふう、すっきりしたぜ。全身汗まみれだ。


「じゃじゃじゃじゃーん! 山田高雄改め、ソフィア・ソレルです! どうぞよろしくお願いしますっ!」


 腰に手を当てて、胸を突き出すように反らしながら、ビシッとポーズを決める。


 それを見た妹様はぷるぷる震えながら――。


「……ふ」


「ふ?」


「服を着ろぉおおおっ!!!」


 Oh……。


 そういや全裸の上に高雄スーツを着込んでいたんだった。


「あんたもいつまでも見てんじゃないよっ!」


「ぎゃーーーーーーっ! 目が、目がぁ〜〜っ!?」


 母ちゃんの目つぶしが父ちゃんの顔に炸裂する。


「に、兄ちゃん? え? 姉ちゃん? お、お、おっぱ――」


「空! 見るんじゃありません!」


 雫が空の両目を手で覆い隠す。


 ぎゃーぎゃー騒ぐ山田家一同を眺めながら、俺は1人静かに涙を流した。


「ああ、俺は帰って来たんだなぁ……」


「黄昏てないで、とっとと服を着ろやぁっ!!」


 ……はい。


 妹様のお叱りを受けて、俺はいそいそと服を身につけるのだった。

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