第007話「逆行する世界」★
「…………っっ」
そこから先を思い出そうとすると、突然激しい頭痛に襲われた。俺はこめかみを抑えながら、ゆっくりと深呼吸をする。
「すー、はー。すー、はー」
少し落ち着いたところで、冷蔵庫の中からペットボトルのミネラルウォーターを取り出して、ゴクゴクと飲み干した。冷たい水が喉を通り抜け、頭がクリアになっていく。
「ふぅ……。頭、痛ぇ……。それにしても、思い出したらだんだん腹が立ってきたぞ……」
あの時、何が何でも断るべきだった。
だが、クラスの過半数が賛同してしまった以上、反対すれば角が立つ。仮に俺だけ参加しないなどと言えば、西方の機嫌を損ねて、最悪、スクールカースト最下層へ転落する危険があった。
だから、結局はああするしか無かったのだ。
「西方ぁ……。お前だけは許さねぇ……。最強無敵になって帰って来たソフィアちゃんが、必ず復讐してやるからな……」
他のクラスメイトも同罪だ。皆が皆、俺に酷い仕打ちをした。危機的状況だったからなんて言い訳は通用しない。あいつらは、俺を見捨てたのだ。
「ふん! タマなしの自己中復讐者共は、男ばかりを必要以上に苦しめて、女は無罪放免にしたり、美少女は自分のハーレムに加えたりするみたいだが……俺は違うぜ? 男女平等復讐だ! 全員、地獄を見せてやる!」
俺の決意はダイヤモンドのように固い。男だろうが女だろうが関係ない。俺が受けた苦痛をそっくりそのまま返してやろう。
「…………」
いや、待てよ……?
でも南雲さんは最後まで、俺を助けようとしてくれてたような……。
……う、うん。や、やっぱ誰彼構わず、八つ当たりのように復讐するのはよくないな。
女の子に酷いことするのって、やっぱり良くないよね。うん。
え? さっきと言ってることが違うって?
うるせぇ! 今の俺にタマはないし、ダイヤモンドだって簡単に砕けるからいいんだよ!
拳を握りしめながら、決意を新たにしていると、テレビから女性アナウンサーの声が流れてきた。
《今日はなんと! Aランク探索者の西方瑛佑くんに、インタビューを行いたいと思います!》
「なにィ!? 西方瑛佑だとぉ!?」
テレビに映った男の姿を見て、俺は思わず叫んでしまった。
爽やかな笑顔を浮かべた、黒髪の整った顔立ちをしているイケメン。画面に映っている男は、間違いなく西方瑛佑だ。
それにしても、アイツいつの間にかAランク探索者になんかになってやがったのか。
《西方くんは先月、遂に"世界探索者ランキング"90位に食い込み、日本で4人目のAランク探索者となりました。おめでとうございます》
画面の中の司会者がそう言うと、西方は照れたように頭を掻いた。
《いやー、僕1人の力じゃありません。仲間――クラスメイト達の助けがあったからこそです。彼らが居なければ、僕はここまで来れなかったでしょう》
西方はそう言って、カメラに向かって微笑んだ。スタジオの女性達からは黄色い歓声が上がる。
「なーにがクラスメイトのおかげだよ。他人は自分の引き立て役くらいにしか思ってないくせに!」
ちなみに、"世界探索者ランキング"とは、世界探索者協会(WEA)によって独自に集計されたランキングのことである。1位から100位まで存在し、このランキングに載った100名のみが、Aランクに昇級出来る。
《クラスメイトですか……。そういえばちょうど2年前、西方くんのクラスメイトがダンジョンで行方不明になった事件がありましたよね?》
アナウンサーがふと思い出したかのように言った言葉を聞いて、俺はピクリと反応した。
《ええ、あいつ……。山田は僕の友達でした。あいつは僕達を逃がすために自ら囮になって……。本当に勇敢な奴でした。彼を失ったことは、今でも僕の心に深い傷跡として残っています。でも、いつまでも悲しんではいられません。彼の分まで頑張らなければならないんです。それが生き残った人間の義務だと思ってますから》
目に涙を浮かべながら語る西方の言葉に、スタジオにいる女性達は感動しているようだった。
「ぐぎぎぎぎぎぎぃ~~! にじがだぁ~~~!! 囮にしたのはおめーだろ! このクソ野郎が!!」
怒りに任せてリモコンをテレビに投げつける。
俺のチートパワーによって投擲されたリモコンは、とてつもないスピードで一直線に飛翔し、西方の映っているテレビの液晶パネルを突き破って、壁に激突した。
衝撃で真っ二つに割れたリモコンは、棚の上に飾られていた、誠一郎のコレクションである美少女フィギュアの方へと飛んでいき、その頭部を粉々に粉砕すると、そのまま壁に積まれていたエロゲーの山の中にホールインワンする。
――ドンガラガッシャーン!!
爆散するように、エロゲーは部屋の中を飛び回り、壁や天井に突き刺さる。たったの数秒間で、誠一郎の部屋は、まるで隕石でも落下した後のように酷い有様になってしまった。
「ぎょえーー! やっちまったぁぁぁぁ!!」
マズい! アレをやるしかない! くそ、間に合えっ!
『――――
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330665842200795
次の瞬間、視界がぐわんっと歪んで、まるで動画を巻き戻すように時間が遡っていく。破壊されたフィギュアも、穴の開いた液晶パネルも、壁に突き刺さったエロゲーも、全てが元通りになった。
「あ、あぶねー……。何とか間に合ったか……」
これは俺のコピーしたギフトの一つで、自分だけ記憶を維持したまま世界の時間を10秒ほど巻き戻せるというチート能力なんだが……。
カッコいいポーズを決めないと発動しないという、意味不明な制約がある。この技を使う時は大抵焦っている時なので、この制約が結構厄介なのだ。
今回は何とか発動してくれて助かったが、これは一日に一回しか使えない切り札的な技なのに、こんなくだらないことで使ってしまうとは……。
「冷静にならんとな……。時間はたっぷりあるんだし、じっくり考えて復讐計画を立てるか……」
誠一郎のベッドの上に寝っ転がって、これからのことを考える。
「地球での活動拠点どうすっかなー。この近代社会で戸籍無しは厳しいぞ……。いつまでも誠一郎の部屋に泊めてもらうわけにもいかないしな……。うーん、困ったな……」
いくらチート能力があるとはいえ、お金も戸籍もない女の子が現代日本で、しかも東京で暮らすとなると大変そうだ。
「……やっぱ実家に帰るか?」
実家なら戸籍がなくても生活には困らないだろう。スマホとかも家族名義で契約すればいいし。
死んだはずのモブ顔の長男が、美少女になって帰って来たらきっと驚くだろうけど、俺の家族なら受け入れてくれるはずだ。
……たぶん。
「ただ弟と妹と父ちゃんは大丈夫だとしても、母ちゃんは疑り深いからなー」
いきなり息子を名乗る美少女が現れたりしたら、最悪、包丁を突きつけられてもおかしくない。
「……ふむ、ならばあの能力を使ってみるか」
俺はそう呟いてベッドから起き上がると、誠一郎に書き置きを残して部屋を出た。
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