第006話「回想」
「相変わらずダンジョン関連のニュースばっかりだなぁ……。まあ、2年程度じゃ変化がないのも当然か」
トップページに表示される記事の殆どは、ダンジョンに関する情報ばかりだった。
世界探索者ランキングの変動、各国のダンジョンの最新状況、新しく発見されたレアアイテムの情報など、どれもこれもダンジョンに関するものばかりである。
「テレビもつけとくか」
リモコンに手を伸ばしてボタンを押すと、画面にニュース番組が映し出された。やはりこちらも、ダンジョン関連の内容ばかりだ。
前世の俺の故郷であるこの地球は、10年前くらいまでは普通の世界だったのだが、ある日突然、ダンジョンゲートなる異空間に繋がる穴が世界各地に出現したことによって、半ファンタジーのような世界に変貌してしまったのである。
ダンジョンに蔓延る魔物達は、ゲートを通ってこちらの世界にやってくることはないので、今のところ人類に被害はない。しかし、ダンジョンから取れる貴重なアイテムによって、世界は劇的に変化した。
それまでは、石炭、石油、天然ガス、などといった化石エネルギーが主流であったが、今では魔物から取れる魔石を用いた魔力発電が世界の主要産業となっているのだ。
そして、ダンジョン内でしか手に入らない様々なマジックアイテムの存在により、人々の生活水準は大きく向上した。今やこの世界は、ダンジョンを中心に回っているといっても過言ではないだろう。
「うーん、特に目新しい情報はないか」
テレビのチャンネルを変えながら、右手に魔力を込めて、空間に手を入れるようイメージする。すると、何もないはずの空間に裂け目が出現した。
「よし、次元収納は普通に使えるな。中身も……おお、ちゃんと入ってる」
次元収納とは、特殊能力系のギフトの一つで、いわゆるアイテムボックスのようなものだ。生物は収納できないという制約はあるが、魔力で自分だけの異空間を作り出し、そこに様々なものを収納できるという超便利能力である。
元は中に入れた物の時間を停止する機能もあったんだけど、コピーした際にそれは失われてしまった。それでも、冷蔵庫の中に入れているよりも、遥かに鮮度を保てるので、十分過ぎるほど役に立っている。
「これが使えなかったら流石に困るところだったぜ……」
次は左の手のひらを上に向けながら、魔力を集中させていく。
「水よ、我が呼びかけに応え、清き恵みを与えたまえ――"アクアボール"!」
呪文を唱えると、空中にいくつもの水の玉が出現して、フワフワと漂い始めた。
「ふむ、魔法も普通に発動できる……。が、やはり大気中に魔素が感じられないな……」
俺は体内に大量の魔力があるので、魔法の行使自体は問題ないのだが、大気に魔素がある方が、発動した後の魔法のコントロールがしやすいのだ。
「てか、これ。俺以外のアストラルディアの住人が地球に来たら、魔力欠乏症でぶっ倒れるんじゃねーのか?」
地球には殆ど魔素がないので、魔力の自然回復が出来ない。俺は持っている魔力自体が膨大な上に、"魔力自動回復"というギフトも所持しているので、大気中に魔素が無くても魔力切れを起こす心配はないが……。
水球を空中でクルクル回しながら、俺は思考を巡らせる。
「う~む、地球のダンジョンってアストラルディアと何か関係あるのかね? 魔素とか魔力もそうだけど、似たようなモンスターがいるし、女神のギフトと探索者のスキルもなんか似てるんだよなぁ……」
でもダンジョンはステータスとかレベルみたいなのがあって、ゲームっぽい感じなんだけどな。アストラルディアには当然そんなもんないし。
でも何でレベルとかステータスはなかったのに、スキルだけ使えたんだろう?
「……わかんね」
考え込んでいたら、いつの間にか数が増えていた水球の群れを、窓から外に投げ捨てる。水球は空に昇っていく途中で弾けて雨のように降り注いだ。
「うわ! 雨か!? 今日は降らないって天気予報で言ってたのに!!」
通行人が悲鳴を上げていた。ごめんちゃい。
「まあ、いいや。わからんことをいくら考えてもしょうがない。それより、今調べたいのは――――」
俺は再びキーボードを操作して、とあるワードを入力した。
「…………
この"山田高雄"という座布団を持ってきそうな名前は、何を隠そう前世の俺のフルネームだ。
可愛い可愛いソフィアちゃんからは想像できないくらい平凡な名前だろう?
俺もそう思う。ちなみに顔の方も平々凡々なモブ顔だった。
「……あった」
俺の死亡記事はすぐに見つかった。
――16歳少年、立川ダンジョンで行方不明に。
昨夜未明、東京都立川市に住む男子高校生、山田高雄さん(16)が、立川ダンジョンの最上階に取り残されているとの通報があった。ギルドは直ちに捜索隊を派遣したが、立川ダンジョンの最上階である50階は、未だ攻略されていない未知の領域であり、フロア全域がダンジョンボスのスカイドラゴンにより支配されている為、救助は難航している模様――。
……マウスをクリックして、次の記事を開く。
――捜索隊が50階に突入するも、スカイドラゴンの攻撃によって撤退を余儀なくされる。その後、山田さんの生存は絶望視され、本日未明に救出作戦は打ち切られた。なお、遺体は発見されておらず、ダンジョンに呑み込まれた可能性が高いとギルドは発表している。
「…………」
俺はギュッと拳を握り締めた。
徐々に当時の記憶が蘇ってきたからだ。クラスメイト達が、俺のことを囮にして逃げたあの日のことを――――。
◆◆◆
「――と、連絡事項はこんなところカナ? それじゃあ、明日から夏休みだけど、皆くれぐれもハメを外しすぎないようにネ!」
そう言って、担任の
俺も例に漏れず、この開放感を噛み締めていたのだが――。
「なあ、ダンジョン探索者の資格を持ってるやつらは、ちょっと残ってくれないか?」
理夢先生が立ち去った後の教壇に、いつの間にか1人の男子生徒が立っており、そんなことを言い出した。
彼の名前は
クラスの中心的な存在で、成績優秀スポーツ万能、おまけにイケメンで女子にモテまくるという、漫画の中から飛び出してきたような完璧超人である。
だが、俺は知っている。こいつは男――特にスクールカースト下位の男には容赦のない陰湿で悪質ないじめを日常的に行う、クズ野郎だということを。
帰ろうと思って席を立った俺だったが、西方の言葉を聞いて仕方なしにもう一度椅子に腰掛けた。ここで反抗的な態度を取ると後で面倒臭いことになるのは目に見えていたからである。
クラスの3分の1ほどがその場に留まったところで、西方は再び口を開いた。
「夏休みにクラスの皆でさ、立川ダンジョンを攻略しないか?」
「攻略って、俺達でボスのスカイドラゴンを倒しちまおうってことか?」
金髪でチャラついた見た目をしている男子生徒、
こいつは典型的な陽キャパリピタイプで、自分より弱い奴を見下して優越感に浸るタイプの人間だ。
だが、やはりかなりのイケメンなので、女ウケはいいらしい。西方と2人で、東西コンビとして学校内では有名なのだ。
「ああ、このクラスには俺や東条を筆頭に、レアなスキルを持ってる奴らが沢山いるからな。どうかな? クラスの皆で未だ誰も成し遂げていないスカイドラゴンの討伐をやってのけたら、凄く格好いいと思わないか?」
西方は自信満々といった様子で、クラスメイト達に語りかけた。
教室内はざわざわと騒がしくなる。
「でも、スカイドラゴンって誰も倒したことないだけあって、凄く強いんでしょう? それに、私まだ30階までしか登ったことないし……」
「うーん、僕なんてまだレベル20もいってないしなぁ。ボス攻略かぁ……」
「いや! 面白そうじゃねーか! 西方と東条がいればいけるんじゃね!?」
「ダンジョンの初攻略報酬って大抵凄いアイテムだしな! それを俺達でゲット出来れば、この先一生遊んで暮らせるってこともあり得るぜ!」
不安な声を上げる者もいたが、クラスメイトの大半はノリ気のようだ。
西方には何というか、カリスマ性のようなものがあり、彼が言うなら何とかなるんじゃないかと思わせる不思議な力があるのだ。
「フ、フーッ。ぼ、僕は夏休みはアニメを見て、積みゲーを消化して、イ、イベントにも参加するからダンジョンなんて――」
「ああっ!? おいおい、北村ぁ~。まさか行かないなんて言わねぇよな? お前はトロいが一応レアなスキル持ってんだし、もし来なかったらどうなっか分かってんだろうなぁっ!?」
俺の後ろの席に座る、小太りで眼鏡をかけた、いかにもオタクっぽい少年、
その衝撃で北村はひっくり返ってしまう。
「ぶ、ぶひぃっ! ごめんなさいごめんなさい! 行く、行きます! だから許してぇええ!!」
「ちっ、最初から素直にそう言っときゃいいんだよ」
床に這いつくばったまま泣き喚く北村に舌打ちすると、東条はつまらなそうな顔をして自分の席へと戻っていった。
「北村、大丈夫か?」
俺は転がっている北村に手を差し伸べた。だが、彼は俺の手を払いのけると、自力で立ち上がり、椅子に座り直す。
「ク、クソドキュンが。ぼ、僕が本気を出せば、お前なんて相手にもならないんだぞ。こ、このクラスの奴らは僕の凄さを全然理解していないんだ。そろそろ見切りをつけてやろうか? そして、僕は新天地で本当の力を開放するんだ。すると、僕の凄さを理解して崇めてくれる美少女達に囲まれて――ぐへ、ぐふへ。そ、それで、このクラスを密かに支えていた僕という存在を失ったお前らは、転落人生を送ることになる。ざまあみろだ。そこでようやく僕の凄さを理解して戻って来てくれと頼んでももう遅い。僕は美少女達に囲まれたハーレム生活を送ってるから、絶対に戻ってくることはない。つまり、お前らは――」
すぐ前の席にいる俺にしか聞こえない程度の小声で、ぶつくさと呟き続ける北村。相変わらず気持ち悪い奴だ。
仮に本当に凄い力があったとしても、その性格と、あとはせめて清潔感をなんとかしないと絶対モテないからな?
髪の毛テカってるし、汗臭いし、ワイシャツには謎の染みが付いてるし、風呂入ってんのかよ……。お前の隣の席の森下さんとか、顔しかめてんじゃん……。ハーレム妄想の前にせめて身近な人を不快にさせない努力くらいしてくれ。
「山田はどう思う?」
そんなことを考えていると、西方が俺の肩を叩きながら話しかけてきた。
俺は内心舌打ちしながらも、笑顔を作って答える。
「ええ~~? 俺ははんた~い! だって俺のスキル、クズスキルだもん。50階まで付いて行っても皆の肉壁にしかならないっしょ。ま、まさか俺の事を盾として使うつもりなのか!? 酷いっ!! 西方くんの鬼畜!!」
俺はおどけた口調でそう言って、わざとらしくシクシクと泣き真似をしてみせる。
「ぎゃははは! 山田のスキルにはハナから期待してねーって! でも一応は"レベルアップ能力"持ちの探索者なんだからよ。数として、いるに越したことはねーべ。せっかくだし山田も一緒に行こうぜ!」
東条がゲラゲラ笑いながら、俺の背中をバンと叩いた。
そう、俺は西方や東条ともそれなりに仲がいい。
勉強も運動も平均以下で、顔もモブ。そして、何よりスキルがゴミな俺は、少し判断を間違えば、北村のようにスクールカースト底辺に転落してしまうだろう。
だから、こうして道化を演じることで、彼らのご機嫌を取りつつ、上手く立ち回って、スクールカースト中位を維持しているわけである。
ちなみに、"レベルアップ能力"というのも、スキルと同じでダンジョン探索を行った10代の人間の一部だけが獲得することのできる特別な力だ。
いわゆるモンスターを倒せば倒すほど強くなるっていうアレである。これはどちらもダンジョンの内部でしか使えない限定的な力ではあるが、非常に強力だ。
この能力がない人間は、ダンジョン内で自分のステータスも見れないし、スキルも獲得できない。その為、彼らは探索者の資格を得られず、ダンジョンに入ることすら許されない。入ったところでモンスターに殺されるだけだからだ。
「いやー、でも理夢ちゃん先生もハメを外しすぎるなって言ってたしさぁ~。いくら西方と東条が凄くても、クラスの皆で50階とかは流石にハメを外しすぎじゃね? ねぇ、南雲さん?」
何とか西方の無茶なダンジョン攻略を回避しようと、俺は隣の席に座る女子に話題を振った。彼女なら俺の意見に賛同してくれるはずだ。
「そうね。山田くんの言う通りだわ。50階まで登るとなれば、死の危険だってあるのよ? 私も無計画な挑戦なら賛成しかねるわね」
長い黒髪に眼鏡をかけた真面目そうな女子生徒、
彼女はクラス委員長を務めていて、成績優秀、品行方正、容姿端麗の三拍子揃った優等生であり、まさに才色兼備という言葉がよく似合う美少女だ。
「山田、南雲さん。大丈夫、これを見てほしい」
西方はそう言いながら、いくつかのアイテムを取り出した。
そのアイテムはどれもレア度が高く、俺が一度も見たことのないような高価なものばかりだった。
「まずは帰還の宝珠。これを使えば、地上に戻ることができる。これは全員分用意してあるから安心してくれ」
西方の言葉を聞いたクラスメイト達は、一斉に歓声を上げた。
帰還の宝珠とは、ダンジョン内でのみ使用可能な転移系のアイテムであり、使用者を一瞬でダンジョンの外へとワープさせてくれるという優れものだ。
一度使用したら壊れてしまう消耗品だが、入手難易度は非常に高く、市場に出回ることは殆ど無い。
「とある伝手で大量に仕入れることができたんだ。これさえあれば、もしスカイドラゴンと戦って負けそうになったとしても、逃げることくらいは可能だと思う」
西方はそう説明した後、更にアイテムをいくつか取り出した。
肉体の欠損すら直してしまう最高級ポーション、あらゆる状態異常を治す聖水、などなど、どれもこれも強力な効果を持つ代物ばかりだ。
クラスメイト達から再び大きな拍手が沸き起こる。
「お、おい……西方。こんなのどこで手に入れたんだよ?」
俺は引きつった表情で西方に尋ねた。これだけのアイテムがあれば、流石に"行きたくない"なんてセリフは言えない。
西方はニヤリと笑みを浮かべて答える。
「パトロンがいるんだ。俺、今Bランクだろ? 俺の将来性に投資したいっていう金持ちがいてさ。俺なら日本で4人目のAランクに到達できるんじゃないかって、そう言われてる。まあ、そんなわけで、皆、俺について来てくれないか? 一緒にスカイドラゴンを討伐しようぜ!」
西方の演説に、クラスメイト達のテンションは最高潮に達した。口々に賛成の意を表す声が上がる。
俺は苦虫を噛み潰したような気持ちになりながらも、表面上は西方の提案を歓迎する姿勢を見せるしかなかった。
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