第003話「求めていた能力」

 ――異世界アストラルディア。


 この世界の住人は、誰しもが"魔力"と"女神のギフト"と呼ばれる特殊能力を持っている。


 魔力とは、体内にある生命エネルギーのようなものであり、ギフトを発動させる為の燃料でもある。これが枯渇すると、人は死んでしまう。


 最も、魔力は大気中に漂う魔素によって自然回復が可能なので、余程のことがない限り死ぬことはないのだが……。


 そして、女神のギフトというのは、その人が生まれながらにして持つ、特別な才能のことであり、その能力は千差万別である。6歳になった時に教会で洗礼の儀式を受けることで、初めてその詳細を知ることができるのだ。


 洗礼は貧乏人や浮浪児なども、無料で受けることができる。魔王軍に対抗できるような、貴重なギフトを持っている子供がどこに隠れているか分からないからだ。


 ギフトは主に4種類に分類される。



・身体強化系

 筋力増強、視力強化、毒耐性など、自身の身体能力を強化するギフト。


・才能系

 剣術の才能、料理の才能など、何かしらの才能を開花させるギフト。


・魔法系

 火魔法、水魔法など、魔法を使えるようになるギフト。このギフトを持っていないかぎり、魔力があっても魔法を使うことはできない。


・特殊能力系

 鑑定、次元収納、千里眼などの、魔法には当てはまらない特殊な能力を得るギフト。



 モンスターや魔族の蔓延る危険な世界で、人々はこれらのギフトを駆使して生き抜いてきた。


 だが、ごく稀にこのギフトを持たない子供が生まれることがある。当然、この過酷な世界でギフトを持たない人間が生き残ることは難しい。彼らは大抵、成人する前に死んでしまう。



 俺は片田舎の小さな村で生まれた。


 両親の記憶はあまり残っていない。俺が生まれてすぐに流行り病で死んでしまったらしい。前世の記憶がはっきりしてきた頃には、すでに村の教会に預けられていた。


 愛らしい容姿のおかげか、教会のシスター達は皆優しく、俺のことを可愛がってくれたけど、それでも俺は不安だった。


 病気で死んだ両親はもちろんのこと、つい先日まで一緒に遊んでいた近所の子供が、ある日突然モンスターに殺されてしまうなんてことが、日常茶飯事の世界なのだから……。


 俺は必死だった。もう絶対に死にたくなかったんだ。


 だって、あの"死"の感覚……。あれは体験した者にしかわからないと思う。自分が消え去って、魂まで無に還ってしまうかのような、凄まじい恐怖……。あんな思い二度とごめんだ。


 だから俺は自分の持てる全てをかけて、男達に媚びた。彼らに守ってもらうために。


 運のいいことに、俺の容姿は異世界基準でもかなりのものだったらしく、俺が笑顔で擦り寄って甘えた声を出すと、殆どの男達は簡単に堕ちてくれた。彼らは俺を庇護の対象として認識し、常に傍に置いてくれた。


 代わりに周りの女性達にはかなり嫌われたが、仕方がない。俺にはそうするしか生きる道はなかったんだから……。


 だが、それだけで生き延びられるほど、この世界は甘くはなかった――――。




「マスター、ぶどうジュースのおかわりお願いします」


「ソフィアちゃん、今日は飲むわねぇ~~。ちょ~~と待ってねぇ~~ん」


 マスターは上機嫌で新しいコップを持って来ると、俺の目の前にコトリと置いた。


 俺はそれに口をつけると、チラリと店内を見渡す。


 アックスは店の隅で仲間達と楽しそうに飲んでいる。チャラ男は気弱そうなオッサンに絡んで、嫌がられているようだ。


「えーー!? マジかよ! オッサンその年で童貞なわけ!? うっそだろ!? それはやばいっしょ! ぎゃはははは!」


「ちょ、ちょっと君……。声がデカすぎるよ……」


 酔っぱらったチャラ男が、嫌がるオッサンの肩に腕を回して大笑いしている。


 ジュースを飲みながらその様子を眺めていたら、オッサンがこちらに視線を向けたので目が合ってしまった。


「ふふ……」


 俺は軽く微笑んであげる。すると、オッサンは顔を真っ赤にしながら慌てて目を逸らした。


 あからさまに童貞だな。


 まあ、どう贔屓目に見てもイケメンとは呼べない、冴えないオッサンだし、気弱そうでお金も全く持ってなさそうだから、モテたことなんか一度もないだろう。可哀想に……。


 チャラ男はゲラゲラと笑いながらオッサンの背中をバシバシ叩いている。


 え~と、どこまで話したんだっけ?


 ああ、そうそう。男に媚びてただけで生き残れるほど、この世界は甘くないってところまでだっけ……。




 あれは俺が10歳になって間もない頃のことだった――。


 その頃、俺は村長の息子に取り入って、メイドとして屋敷で働いていた。


 息子はもちろん、村長にもめちゃくちゃ気に入られていたし、このまま上手く行けば、ゆくゆくは息子の嫁か、もしくは村長の愛人になって、田舎村なりに贅沢な暮らしができるかも……なんて淡い期待を抱いていたのだけれど……。


 そんな矢先、事件は起こった――。


 村長一家と使用人一同で隣町へ買い物に行った帰りの出来事だ。


 護衛の冒険者達も一緒について来てくれていたが、彼らも油断していたんだろう。


 山賊の集団に襲われてしまい、男達は全員殺されてしまった。女達は全員山賊のアジトに連れていかれて、そこで――――


 ……あー、とにかく酷い目にあった。


 山賊達は捕まえた女を嬲り、そして気まぐれに殺すんだ。俺ももう駄目だと思ったよ。自分はここで死ぬんだってね。



 ――でも、その時奇跡が起こった。



 俺には女神のギフトがない。だけど、その代わりに、1つだけ前世から引き継いだ能力があったんだ。


 前世の世界にダンジョンが存在したって話はしただろ?


 実はダンジョンに潜った人間は、この世界の女神のギフトに似た、"スキル"という特殊能力を手に入れることがあるんだ。


 これは、女神のギフトと違って誰にでも発現するというものではなく、ダンジョン探索を行った10代の人間の一部だけが獲得することのできる特別な力なんだが、幸運なことに、俺はこの能力を授かっていた。


 でも、俺のスキルは、全く役に立たないゴミみたいなものだったんだ。


 それは"スキルコピー"といって、対象の特殊能力をやや劣化するとはいえ、コピーして永続的に使えるというもので――


 え? ゴミスキルどころかチートスキルじゃないかって?


 俺も最初はそう思ったさ。でも、このスキルを発動するには相手のDNAを摂取しないといけないという条件があったんだ。


 汗をぺろぺろしてもいいし、髪の毛や爪をもぐもぐしてもいいし、とにかくDNAさえ手に入ればスキルを発動できるんだけど……。


 そうすることで相手の能力をコピーできる確率が、なんと10億分の1というふざけた数字だったのだ。


 宝くじの1等が当たる確率は約1000万分の1と言われている。つまり、一生誰かの汗をぺろぺろし続けたとしても、スキルコピーの成功はありえないってことだ。


 だから、この能力は自他共に認めるクズスキルでしかなく、転生してもすっかり存在自体を忘れてしまっていたんだが……。


 さっきのシーンに戻るぜ?


 俺が死を覚悟した瞬間、突然この"スキルコピー"が発動したんだよ!


 その時、俺は初めて、自分が前世からスキルという特殊能力を引き継いでいることに気がついた。


 なぜ前世のダンジョンの中でしか使えないはずのスキルが、この異世界で、それもこんなタイミングで発動したのかは分からなかったけど、感覚として、山賊のギフトをコピーできたことだけは分かった。


 そして次の日も、そのまた次の日も、どういうわけか俺は別の山賊からもギフトをコピーすることができたんだ。


 次第に俺はこのカラクリに気づき始めた。



 ――おたまじゃくし君だ。



 あー……。そう、男の例のアレだよ……。


 その時の事は言いたくもないし思い出したくもないので割愛するが、状況的に考えて、おたまじゃくし君の1匹1匹がDNAの1判定としてカウントされていたと考えれば、辻褄が合うんだ。


 学校の保健体育の授業で習ったやつもいると思うが、1回のアレで放出されるおたまじゃくし君の数は平均3億くらいらしい。


 ……つまり、だ。


 10億分の1というふざけた確率も、おたまじゃくし君にかかれば現実的な数値になる……と、いうことだろう。


 ダンジョンじゃないのにスキルが発動した理由はよく分からないが、おそらくこの世界が前世のダンジョンと似た、魔素に満ちた異界であることが原因なんじゃないかと俺は推測している。


 魔素とは、生物の体や自然界に存在する魔力の元となる物質のことだが、これは地球には殆ど存在しないんだ。スキルの発動条件に、魔素の有無が関係している可能性は十分にある。


 まあ、とにかく。


 俺はそうして、山賊達からコピーしたギフトを駆使して、なんとか奴らのアジトから逃げ出すことができたんだ。


 それからというもの、俺は開き直って、強力なギフトを持っている男達に自ら近づいては、彼らのギフトをコピーし続けた。


 方法は察してくれ……。まあ、想像通りだよ……。


 そうして世界中を旅しているうちに、いつの間にか人類最強レベルの存在になっていたって訳だ。




 俺は今までの人生を思い出しながら、ぶどうジュースを飲み干す。


 ふう……。ストレート果汁のジュースはやはり美味いな……。飯が不味いこの世界で、これだけは唯一の楽しみだぜ。


 ああ、さえあれば、もっと美味い飯が食えるのになぁ……。


 そんなことを考えていると、チャラ男がオッサンに肩を組んで話しかける姿が見えた。


「え? ? 特殊能力系のギフトか? マジでオッサンそんなレアな能力持ってんの!?」


「――――えっ!?」


 ――ガタッ!


 俺は思わず立ち上がり、チャラ男とオッサンの方へ駆け寄っていった。


「お、おじ様! て、転移能力持ってるって本当ですか!? ねえ! 本当なんですか!?」


 オッサンの両手を握りながら、体をくっつけて詰め寄る。


「あ……。ひょ……、うあ……。え……?」


「ちょちょちょちょ、ソフィアちゃん離れて、離れて。オッサン固まってっから! オッサン女の子にマジ免疫ないんだからさ。ソフィアちゃんみたいな可愛い子にいきなりくっつかれたら、心臓発作で死んじゃうぜ?」


 チャラ男は俺をオッサンから引き剥がすと、そのまま手を引いて、テーブル席に座らせた。


「あ……。す、すみません……」


 俺は恥ずかしくなって顔を赤面させる。


 くそ……。つい興奮してしまった……。まさか何年もずっと探し続けていた能力者がこんなところにいるなんて思わなかったからな……。


「で? オッサンどうなんよ? 転移なんて能力あったらさぁ、普通もっと金稼げる仕事に就くっしょ? 悪いけどオッサン金持ってなさそうじゃね?」


 確かにチャラ男の言う通りだ。転移能力を駆使すれば、お金なんていくらでも稼げそうな気がする。なのにこのオッサンは服装からしても裕福そうには見えない。


 オッサンはゴホンッと咳払いをすると、照れ臭そうに答えた。


「え、ええ……。転移はできるんですけど、これがあまり役に立たないんですよ。まず、僕が転移できるのは、脳内で明確にイメージできる場所だけなんです。一度行ったことがある程度じゃ、経験上無理ですね。普段から生活している街や、何度も通ったことがある街道なんかなら大丈夫なんですが……」


「ふーん。なるほどねぇ……。そこまで便利な能力じゃないってことか」


「はい……。それに、自分以外の生物を一緒に連れて行くこともできないですし……」


「へ~、それでも十分凄くね?」


「……私もそう思います。とても有用な能力です」


 胸の前でギュッと拳を握り締めながら、身を乗り出してオッサンを褒める。すると、おっさんは俺の胸の谷間に視線を移したあと、慌てて目を逸らした。


「おい、おっさん。今ソフィアちゃんのおっぱい見てなかったか?」


「そ、そ、そ、そんなわけ……ないじゃないですか……」


「まあ、ソフィアちゃんレベルの美少女は高級娼館に行ったとしても、まずお目に掛かれねぇからなぁ。そりゃ、思わず見ちゃうのもしゃーないわな。だが、変な期待はしちゃいけねぇぜ? ソフィアちゃんは男に優しいから勘違いしちまう奴も多いけど、そういうことできると思っちゃ大間違いだからな? 俺だって散々アタックしてんのに、全然相手にされてねぇんだからよぉ……」


「わ、わかってますよ。僕だって自分の身の程は弁えてますよ……」


 急に猥談を始めた2人をしり目に、俺は思案する。


 オッサンはイメージと言った。ならば今生の俺が行ったことがないとしても、魂に刻まれた記憶を呼び起こせば、もしかしたらあの場所に……。


「それよりオッサンの転移能力の使い道を思いついたぜ。色々な街に滞在してイメージを固めてよぉ~、それらの街と街を転移して、荷物とか運ぶ仕事でもやったら大金稼げるんじゃね?」


 俺の思考を遮るようにチャラ男が喋り出す。だが、オッサンは首を横に振って否定した。


「先程、生物を一緒に連れていけないと言いましたが、実は武器や荷物、いえ……服すらも持っていけないんです。つまり全裸の状態じゃないと転移が発動しないんですよ……」


「服も武器も金も持っていけねーの!? ああ、そりゃちょっときついわなー」


「それだけじゃないんです。全裸のまま、その場で動かずに30分間精神集中をしないといけなくて……」


「ぎゃはははははーーっ! 緊急回避とかにも使えねーじゃん! クソカス能力だわ!」


「ですよね……。その分、距離の制限とかはないんですが、どうしても使い道が殆どなくて……」


 チャラ男は爆笑しているが、俺は歓喜していた。今の話を聞いた限り、これは間違いなく俺の求めていた能力だ。


「おじ様! 行きましょう!」


 俺はオッサンの手を握って立ち上がった。


「ちょ!? え? ソフィアちゃん何処に行くの?」


 チャラ男の声を無視して、俺はオッサンを引っ張っていく。


「マスター、お会計お願いします。おじ様の分も私が全部出しますから」


「そ、ソフィアちゃん?」


 オッサンの手を引いてニコニコ顔の俺に、マスターも困惑しているようだ。


 だが、俺はもう止まらないぜ? 今、最高にハイな気分なんだ。


「ささ、おじ様、ここの向かいに高級宿があるのでそこに入りましょう! ええ、もちろんお金は全部私が払いますから!」


「――――ほへ?」


 オッサンは何が起きてるかわからない様子で目をパチクリさせている。


「ちょ! ちょっとソフィアちゃん!? マジで言ってるの!? まさかあそこにオッサンと泊まるの!? ええ!? 冗談でしょ!?」


「え……? なんで俺達のソフィアちゃんがあんな冴えないオッサンと!?」


「もしかしてあの噂ってマジなのか? 嘘だろ!? 誰か嘘だと言ってくれ!!」


「あああああーーーーっ!! 俺は信じない! 信じないぞぉおおお!!!」


 チャラ男や他の客達が騒いでいるが、もう知ったことではない。


 俺は呆然としているオッサンの手を引っ張りながら店を出ると、そのまま向かいにある高級宿に入っていった。

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