第4話 シズの回想②
「浮島さんですか?」
「はい、安濃さんですよね」
結局、シズはお見合いをキャンセルしないことにした。
土曜日当日、待ち合わせのホテルのラウンジに十分前に到着すると、既に相手はラウンジ入り口で待っていた。休日ということで、駅周辺は混雑していた。
ラウンジの予約は結婚相談所の方がしてくれたため、浮島が自分の名前を名乗り、店員に予約された席に案内される。ラウンジには私達以外にもお見合いをしている男女が二組ほどいた。
「本日はヨロシクオネガイシマス」
「こちらこそ、あの、失礼ですが、ご出身校は東高ですよね?」
席についてメニュー表を広げていたら、さっそく相手から素性を探られた。こちらとしても、そのために会ったと言ってもいい。直球な質問にシズは正直に答える。
「そうですけど……。もしかして」
「やはり、そうですか!私、プロフィールにも記載しているのですが、仕事は高校教師でして、随分と前に東高校でも働いておりまして」
「はあ」
私が東校だと答えた瞬間、男の瞳が輝きを増した。その瞳を見ていたら、不意に高校時代の記憶がよみがえる。
(そうか、私はこの男の趣味に合わなかっただけだ)
この瞳はクラスの同級生に向けていた瞳と同じだった。性的に見られているという不快な感じだ。高校生だったころのシズは、目の前の男の趣味に合わなかった。だとしたら、なぜ今になってシズに興味を持ったのか疑問が残る。
「……ということで、私は当時のあなたのことを教えたことがあると思いますが、覚えていますか?」
高校時代のことを思い出している間に、男は饒舌にいろいろ語っていたようだ。覚えていますかと問われても、どう答えたら正解かわからない。もし、覚えていると言ったらどうなるだろうか。
「すいません、あまり高校時代に良い思い出がなくて。記憶もあいまいなので」
無難に答えることにした。覚えていると言って、さらに追及されたら面倒だ。もし、後輩が家で話したことが正しければ。
目の前の男は後輩に手を出している。
後輩を傷つけた男にこれ以上、個人情報は渡したくない。これ以上、一緒の空間に居たくない。本来なら、刑務所にいてもいいはずなのに、こうして自由に動き回って、挙句の果てにはのんきに婚活をしている。
(やばい奴だった)
私の頭は警鐘を鳴らしていた。さっさとこの場を離れろと言っている。
「そんな風には見えませんでしたが」
「そう、でしたか?」
「ですが、それならそれで構いません。今こうして、生徒と教師が出会えるなんて奇跡です。今日は思い出話とか、卒業後のこととか、いろいろお話出来たらうれしいです」
相手は私のことをロックオンしている。私のどこが相手の興味を引いているのか。高校生に手を出しているということは、ロリコン体質ということだ。それなのに、今更三十路近い女性に興味を持つだろうか。
まあ、相手は三十六歳で、この時点で私は六歳下になるので、年下には変わりない。高校生と教師の年齢差もこれくらいだから、年を取って狙いを変えたのかもしれない。
「先ほども言いましたが、私、高校時代はあまり良い思い出がなくて……」
「彼氏がいたのではなかったですか?もしかして、その彼との間に何かあったの」
「あれえ、先輩、どうしてこんなところにいるんですかあ?偶然ですねえ」
「エエト……」
そこに救世主が現れた。なぜか、大学の後輩が私たちの席の前にやってきた。後輩にはお見合い場所と日時は話していた。
「あれ、お前は」
そして、彼女は隣に一人の男性を連れていた。その男は私の記憶の中の人物によく似ていた。男もまた、私に見覚えがあったのか、目が合った瞬間、驚いたような顔をしていた。
「では、失礼します」
「ああ、今日は楽しかったよ」
お見合いは後輩の登場により、無事に終了した。早くその場から解散したかった私にはちょうどよかったが、どうしてこの場所に後輩がいるのか不思議だった。わざわざ私の心配をしてくれたと思うのは、自意識過剰だろうか。
それにしても、後輩の隣の男とはどういう関係なのか。
元担任は後輩の姿をみると、急に用事があると言い出して挙動不審に視線をさ迷わせてうろたえ始めた。その姿は先ほどまでの私と話していた態度とは大違いだ。
後輩はというと、鋭い視線で元担任を睨みつけている。しかし、その態度は強がっているだけで、実際には虚勢を張っていただけだった。隣に寄り添う男性が後輩の手をしっかりと握っていた。男の視線はゴミを見るような目でとても怖かった。
「先輩、私が来なかったらどうしていたんですか?あのくそ野郎の毒牙にかかっていたかもしれないですよ!私は忠告しましたよね?」
「そ、そうだけど……」
その後、私たちはラウンジを離れて別のファミレスにやってきた。ちょうど、昼食の時間なのか、店内はそれなりに混雑していたが、待っていたらすぐに席を案内された。
「ああ、紹介するね。この人は」
「シズさんだろう?」
「あれ、二人は知り合いだったの?」
席に着くと、すぐに後輩が隣に座っていた男性の紹介を始めたが、途中で遮られる。男は私を知っているようだった。そして私もその顔に見覚えがあった。
「もしかして、須本の弟?」
「そうそう、久しぶり過ぎてすぐにはわからなかったけど、ヤッパリ」
「ちょ、ちょっと待った。コナツ君、説明してくれる?どうして先輩のことを知っているの?」
「ああ、ごめん。シズさんは兄貴の高校時代の元カノで、俺たちの家に遊びに来たことがあるから、知っているんだ。すごい、偶然だよな」
弟の言う通り、偶然にしては出来過ぎている。とはいえ、私から会おうと言い出したわけでもない。偶然というのは本当だろう。後輩は私と弟を交互に眺めて大きな溜息を吐く。
「元カノの弟?びっくり過ぎなんだけど」
私もびっくりだ。そんな偶然があるとは思いもしなかった。
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