第3話 シズの回想
「こいつも結婚相談所に登録しているとは」
二週間がたち、さっそくシズはアプリを開いてお見合い相手を探していく。画面をスクロールしていくと、見たことのある男性の写真を見つけた。
シズが見つけたのは高校の同級生だった。そしてそれは同時にシズの元カレだった。高校三年生の時に付き合っていたが、卒業をきっかけに別れてしまった。お互い大学に合格していたが、それぞれシズは地元の大学、元カレは県外の大学で遠距離恋愛に発展することはなかった。
「いやいや、この結婚相談所すごすぎでしょ。偶然にしては出来過ぎだと思うんだけど」
元カレの様子が気になったので、とりあえずお気に入り登録をして、画面をスクロールしていく。次に見つけたのは。
「元カレの次は幼馴染って。笑える」
中学生の時に隣に住んでいた幼馴染が結婚相談所に登録していた。シズは父親の都合で中学の時に引っ越しをした。それ以来、彼とは会っていないが、そのころの面影が写真には残っていた。幼馴染もお気に入りに登録することにした。
(世の中、狭いなあ)
それからは特に知り合いらしい男性を見つけることはなかった。条件を絞って探したが、初日の今日は、これといってピンときた相手はいなかった。
「初日から運命的な出会いなんてないか」
シズはスマホをベッドわきに放り投げて、仰向けに転がる。
「まずは様子見で、相手の出方を待ってみようか」
仕事で疲れていたシズはそのまま、目を閉じる。すぐに眠気が襲い、そのまま寝てしまった。
シズは平日の日中は仕事のため、スマホが見られるのは、昼休憩か仕事終わりになる。昼休憩中、スマホを見ていたら一通のメールを受信した。結婚相談所からのメールだったので開いてみると、お見合い申し込みが来ているという内容だった。
「ええと、申し込みしてきた相手は……」
背後に人がいないことを確認して、シズはアプリでお見合いを申し込んでくれた男性を確認する。
(三十六歳、六歳差くらいならアリ、か)
男性の顔写真をどこかでみたことがあるような気がした。しかし、どうしてもどこで見たのか思い出せなかった。とりあえず、お見合いを了承するのかは、帰宅後ゆっくり考えることにした。
「ただいま」
「おかえり。シズ、結婚相談所はどう?良い相手には出会えそう?」
シズは実家暮らしをしている。帰宅すると、母親が玄関に顔を出した。エプロンを付けていることから、夕食の準備をしていたのだろう。
「まだアプリを使えるようになってから二日目だよ。そんなにすぐに出会えるわけない」
「まあ、言われてみればそうだったわね」
母親は納得したように頷いて、そのままリビングに戻っていく。シズも着替えをするために二階の自室に向かった。
「返事っていつまでにすればいいんだ」
部屋着に着替えて、ベッドに腰掛けてスマホでアプリを立ち上げる。よくある質問というページをみると、お見合い申し込みは、申込されてから一週間以内に返事をするよう記載があった。
「どうしようかなあ」
家に帰ってからも、男性の顔をどこで見たのかまったく思い出せない。思い出せないことが悔しい。
「とりあえず会ってみるか」
結婚相談所のカウンセラーは、出来るだけ多くの相手に会ってみることが大事だと言っていた。会えば、誰か思い出すかもしれない。もしかしたら、誰かに似ているだけの他人かもしれない。シズはとりあえず、申し込みを受け入れることにした。
次の日の夕方、シズに申し込みをしてきた三十六歳の男性から返事があった。アプリの性質上、申し込みした本人から連絡があるわけではないが、担当カウンセラーからお見合い場所と日時を聞かれた。
どうやら、申込をされた方が場所と日時を決めることが出来るらしい。シズの住んでいる場所と相手の住所を加味して、どこで会ったらよいのか考える。
「ここって、私が通っていた高校がある市だ。ますます怪しいな」
お見合いすることにきめたが、詳しいプロフィールはよく読んでいなかった。夕食後、自室で読んでみて、ようやく写真の男性のことを思い出した。
「職業は教師、そして、苗字が【浮島(うきしま)】ということは」
お見合いが成立すると、相手の苗字がアプリ上に表示され、そこでようやく確信する。
「私の三年の時の担任だわ」
まさか当時の担任とお見合いをすることになるとは。かつて教師と生徒という関係だった男女が、今度は結婚前提のお見合いの場で再会することになるとは思わなかった。
「やばい奴とお見合いすることになったかも」
今更相手の素性に気づいたところで、お見合いを取り消すことはできない。お見合い成立後にキャンセルすると、キャンセル料がかかってしまう。月会費や婚活準備のための出費で今月は金欠だ。無駄なお金を払う余裕はない。
「まあ、一回会ってみて、ダメだったら断ればいいだけだしね」
それに、一度目のお見合いはホテルのラウンジが定番だと聞いている。たくさんの人がいる中で変なことはしてこないだろう。浮島は生徒との間で問題を起こしかけていたが、当時の校長の権力によってもみ消されていた。女生徒に手を出したはずだが、それが無かったことにされていた。
「思い出してみると、ろくでもない男だったわ」
会ったら、食事をしてすぐに帰ろう。シズは県内で一番大きな駅周辺を指定し、日時は土日を希望することをカウンセラーに伝えた。
相手はかなりこまめにアプリを確認しているようだ。返信した次の日にはカウンセラーからお見合い場所の詳細がアプリを通して送られてきた。
「今週の土曜日か」
月曜日に申し込みをして、その週末には会うというのは早い展開だ。せっかくの初のお見合いが元担任でシズの気分は下がっていた。
「先輩、結婚相談所に登録したんですね。いい人は見つかりましたか?」
「今週の土曜日の昼に、高校の時の元担任と会う事になった。N駅近くのホテルのラウンジで」
「ワオ!さっそく婚活開始ですね」
後輩から会いたいという連絡があり、シズは金曜日の夜、後輩と駅近くのファミレスで夕食を一緒にとることにした。後輩とは時々、SNSでやり取りをしていて、シズは結婚相談所に入会したことを後輩に伝えていた。
せっかくお見合いが決まったのに、暗い表情のシズに疑問を持ったのか、後輩が首をかしげている。
「お見合いが成立したのに浮かない顔ですね?いやだったら、OKしなきゃよかったのに」
「だって、相手の素性が気になって……」
シズはアプリの画面を起動して、土曜日に会う相手の写真とプロフィール画面を表示する。後輩が画面をのぞき込むと、ふむとあごに手を当てて考え込んでいた。
「ああ、そういえば確かに似ていますね」
『高校の時の担任に』
「エッ?」
二人はきれいなハモリを見せた。そういえば、後輩はシズと同じ高校だったことを思い出す。
「ええと、弥恵(やえ)も東校出身だったね」
「そうですよ」
シズと後輩は同じ高校を卒業していた。後輩はシズの二つ下になる。高校は人数が多いので、大学で知り合うまで二人は互いの存在を知らなかった。
「先輩、こいつ、やめておいた方がいいですよ。キャンセル料がかかっても、断った方がいい」
後輩は突然、声を潜めてシズの耳元でささやいた。後輩もまた、元担任の問題を知っているのだろう。
「こいつ、高校時代、生徒に手を出していて」
「や、やっぱり……」
二人の間に沈黙が訪れる。注文していたパスタは既に食べ終え、シズはコップに注がれた水を飲みながら後輩の様子をうかがう。元担任の写真を見てから、後輩の様子がおかしい。どこかおびえるような顔をしているのが気になった。
「先輩、この後、時間はありますか?先輩には話しておいた方が良いことがあるので、私の家に来ませんか?」
後輩の誘いにシズは乗ることにした。
ファミレスを出て、後輩の家に向かいながら、シズは自分に対する元担任の態度を思い返す。生徒に手を出していたというが、シズは彼に手を出された記憶はない。ただの教師と生徒という関係だった。可もなく不可もなくといった感じで、なかなか思い出すことができなかった。しかし、後輩は元担任と何かあったようだ。嫌な予感がしたが、それが当たらないよう祈るしかなかった。
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