第2話 実際に会ってみた(回想あり)

「安納詩洲(あのうしず)です」


「人見です。今日はヨロシクオネガイシマス」


「固いよ、二人とも。もっとリラックスして話そうよ。この場では、人見さんは私のカウンセラーではなくて、ただの知り合い。シズも、今の生活の愚痴を話してくれるだけでいいから」


 私たちは居酒屋で飲むことになった。佐々木さんの同僚ということで、シズさんは彼女と同じような明るい女性だと予想していたが、全く違っていた。まあ、佐々木さんの話を聞く限り、明るい女性だったしても、あの話を聞いた後では仕方ないと思ってしまう。


 シズさんは黒い髪を背中まで伸ばし、色白でおとなしそうな性格に見えた。反対に佐々木さんはボブの髪型を明るい茶色に染めて、メイクも結構派手な感じだ。そんな二人が同僚だとは言え、こうやって会社以外で会っているのが不思議だった。まあ、一番不思議なのはその中に私が混ざっていることだが、気にしないことにする。


「人見さんにシズの話をしたら、すごい興味を持ってくれてさ。どうせだから、第三者からのアドバイスをしてもらったらどうかと思って」


「ありがたいけど、人見さんに迷惑かけちゃだめだよ。でも、もし可能なこれから私がどうしたらいいのか、相談に乗ってもらえたらうれしい、です」


 居酒屋は個室になっていて、他人に話を聞かれる心配はない。私は黙って頷き、まずは彼女の結婚までの経緯を改めて本人の口から聞くことにした。



※※

「来年、30歳かあ」


 シズは実家暮らしで中小企業の事務員として働いていた。今年29歳になり、周りが結婚や出産をしているのを見て、焦りを感じていた。


「会社での出会いは期待できないし、ヤッパリ結婚相談所に登録したほうがいいかなあ」


 今の世の中、マッチングアプリや街コンなど、結婚のための出会いを提供してくれる媒体は多数存在している。しかし、シズはそれらのデメリットが怖くて登録したことがない。結婚を考えているのに、相手は恋人としての自分を求めているなど論外である。その点、結婚相談所なら安心な気がした。


「とはいえ、どの結婚相談所に登録したらいいか、迷うなあ」


 地方特化型か全国規模の大手にするのか。値段、結婚実績など調べなくてはいけない情報がたくさんある。シズは大学時代の後輩との会話を思い出し、なんとしてでも30歳の誕生日を迎える前に結婚しようと決意した。



「私、来月から一年付き合っていた彼氏と同棲するんです。結婚式は今のところしない予定ですけど、籍は入れようって話になって」


 大学時代の後輩と久しぶりに一緒にカフェでランチをしていた時のことだ。20代も後半になり、結婚の話が出てきてもおかしくない。後輩は軽い口調でシズにとっては衝撃的なことを口にした。


シズは口に含んでいた飲み物を吹き出しそうになった。恋愛とは無縁の生活を送っていそうな後輩は、大学の研究室が同じで親しくなった。てっきり、彼氏などいないと思っていた。


「オメデトウゴザイマス」


「先輩もさっさと結婚したほうがいいですよ。いくら、晩婚化と言っても、若いうちに結婚したほうがいいに決まっていますから」


 鼻息荒く主張されても苦笑いしかできない。確かに女性は結婚してその後、出産というイベントが控えている。子供を望まない夫婦もいるが、大抵の夫婦は子供を望むだろう。そうなると、結婚は若いほうがよいと考えるのは妥当なことだ。



「とりあえず、大手の結婚相談所にでも登録してみるか」


シズは自室でパソコンを開いて、結婚相談所の吟味を始めた。


「ここなら車で行ける距離だ。まずは相談だけでも聞いてくるか」


 大手の結婚相談所の支店がちょうどシズの家から車まで30分ほどの場所に位置していた。口コミを見ると賛否両論に分かれていた。実際に行ってみないと真偽はわからない。


「今週の日曜日に予約、っと。良い出会いがあるといいな」


 シズはさっそくネットで予約を入れた。漫画みたいな劇的な出会いを求めているわけではないが、それでも残りの人生を一緒に過ごす相手を探すのだ。少しくらいロマンチックな出会いを期待してもいいだろう。



「よ、よろしくおねがいします」


「こちらこそ、入会金は確かにクレジットカードでお支払いを確認いたしました。月会費については、銀行からの引き落としになりますので、ご自宅に帰宅後、登録をお願いします。あとは、お見合い写真ですけど、弊社の割引があります写真館は……」


 相談だけで、その日のうちに入会するとは思っていなかったが、担当カウンセラーの強い勧誘に押されて、シズはそのまま、ほかの結婚相談所を見る間もなく、大手結婚相談所に入会していた。


 入会金を支払い、その後の話を聞きながら、まだ見ぬお見合い相手を想像する。全国からたくさんの男性が毎日のように入会していると聞くと、少しだけお見合いするのが楽しみになる。


「基本的にお見合いは専用アプリからお願いします。毎日新規会員が更新されますので、お見合い申し込みをどんどんしてください」


「わかりました」


 あっという間に入会の手続きは終わってしまった。結婚相談所での登録は終わったが、それだけではまだ入会手続きが完了にならない。


「独身証明書か。市役所に取りに行くのは恥ずかしいけど、仕方ない」


 マッチングアプリなどとは違い、結婚相談所は相手の身分を保証するために、独身を証明するための独身証明書が必要だった。そこがマッチングアプリとは違う点だろう。


 書類や写真を提出して、二週間後にようやくアプリの使用ができるようになる。結婚相談所が書類を確認して審査する期間が二週間らしい。


(写真もフォトスタジオできれいに撮ってもらったし、書類も完璧、お見合いページのプロフィールもまあまあの出来具合。これなら簡単に相手が見つかるのでは)


 シズは二週間後を楽しみに待つことにした。


(とはいえ、出費はすごいから、来月の支払いが怖いけど)


 写真代やお見合い用の洋服、カバン、靴などの新調の為にかかった費用、気合を入れるためのメイク道具に腕時計など、一か月の間にかなりの出費があった。これだけの出費をしたのだから、何としてでもさっさとお見合い相手を見つけ、元を取りたいと思ったシズだった。

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