夏の怪物

terurun

夏の怪物









 夏には、怪物が現れる。




 もう高校生となった今では、全く覚えてもいない記憶だ。

 だが家の掃除をしていて、約八年前程まで使用していたカメラが見つかったのだ。

 中のSDカードは無事だったので、すぐさま父がパソコンで読み込み、ちゃんとしたUSBメモリに移した。

 今は八月。

 丁度夏休みだった。

 折角だからと言う事で父母も職場を四日だけ休み、現在家族全員の夏休み真っ只中であった。

 その二日目の出来事である。



 早速父がパソコンをテレビに繋いで、カメラの中にあった写真を古い順にスライドショーで見て行った。

 父はパソコンを置いた机の前からテレビを眺め。

 母はダイニングルームにある食卓で紅茶を嗜みながら、テレビを覗いた。

 俺は冷凍庫からアイスバーを取り出し、テレビの前にあるソファに凭れながら、アイスバーを咥えた。

 思ったより冷たかったので、一瞬口から話しそうになったが、なんとか右の手で掴んで事なきを得た。

 ソファが汚れたら母が発狂していただろう。

 危ない危ない。


 テレビには、未だ三歳の俺が、テレビを眺めながら手を叩いている所を収めた写真が流れていた。

 三歳の俺が見ているのは、教育番組か。

 それと同じような写真が、この後二十枚ぐらい続いた。


「あー、そっか…………」


 父が思い出に耽りながら、そう呟いた。


「そうね。お父さん、息子が可愛すぎて、叫びながら連写しまくってたもんね。今思うと変態でしかない……」

「そんな事を言うんだったらお母さんだって、  が何かする度に、『カメラ! カメラ!』ってせがんでただろう?」


 そんな事を話しながら、父母は笑い合った。



 そして数分後。


 写真の俺は五歳となり、保育園の年長組に入って数ヶ月が経過した頃。

 父の車で、少し遠くの大きな公園に遊びに行った時の写真が、テレビには映ってあった。

 いつの間にか母の嗜んでいたものが紅茶からポテトチップスに代わり、父もソファに座っていた。

 俺のアイスも、いつのまにか食べ終わっている。


 写真の時は八月。

 この時も丁度、父母が有給休暇を使った短期夏休み中だった。

 幸いにもこの日、この公園には人が少なかったので、遊具を独占出来ていたのだ。

 なのでどの写真に写る俺も、独占していないと出来ない遊びばかりしていた。

 写真を撮っているのは母。

 父と俺が二人遊具で遊んでいる様を、綺麗に写真に収めていた。

 俺はあまり覚えていない。

 何せあまり記憶力が無いのだ。

 五歳の頃の記憶など、無いに等しい。

 これも幼児期健忘と言うのだろうか?

 そんな思い出に耽っていた時。


「そういやこの時。  、異様に入道雲を怖がっていたっけ」

「あぁ〜、そういえばそんな事もあったな」


 父が母の方を振り返りながら言った。


「え? そんな事あったっけ?」


 そう俺が訊くと。


「あったあった。『怪物だー!』とか言って、私に縋って、暫く離れなくて。それ見て父さんがずっと笑ってたね…………」

「懐かしいなぁ…………」


 まさか、入道雲が怪物だなんて。


「昔は  も純粋だったから、そう見えたんだろうね。今は…………とっくに荒んでしまって」

「そうだな。昔は純粋だったなぁ  も」

「今も純粋だって!」

「どの口が言ってんだ」


 そう言って父は笑った。



 その夜。

 自分の部屋の窓から外を眺めると、分厚い入道雲が、地平線を覆っていた。



 夏には、怪物が現れる。



 だが今の俺には、それがどうも怪物には見えなかった。













 

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