第31話 準備は入念にっ②

「……すっ、すごぃ」


 人生初のオシャレな洋服店に、わたしは絶景を見たかのような声をあげた。

 いや、大人っぽいかっこよさと可愛さの詰まったこの空間は、本当に絶景だった。


「あははっ、あやのん大袈裟すぎぃ〜」

「だっ、だって、服とかパンツとか、たまにお母さんがGUで買ってくれたものしか使わないんで……」

「あー、道理で下着も芋っぽいわけね。可愛いからいいけど♡」

「あっ、ありがとうございます?」


 芋っぽいという言葉が分からず、可愛いと褒められて嬉しくなったわたし。

 しかし後で意味を調べてすぐ、わたしは沙耶香の肩をボカスカ叩いた。


「まぁいくらあやのんが可愛いとはいえ、芋っぽいままだと男の子とのデートに困るからね〜」

「えっ!? あっ、うん……」

「それに男の子にそんな下着とか見せてたら、幻滅されちゃうし〜」

「げっ……」


 まっ、まさかそんなことが……!!

 わたしにとって、パンツやブラは誰にも見せないから何でもいいと思っていたけれど。

 エッチなことをする時以外は本当に何でもいいと思っていたけれど!


「もしかして、エッチなことをする時以外でも普段から黒い下着とか身につけなきゃいけないのっ!?」

「いや、まぁ黒いかどうかはさておき、あやのんみたいな下着は卒業かなぁ〜」

「なっ……」


 同い歳なのに、なんだこの意識の差は……。

 これは手遅れになる前に、先輩にパンツを見られる前になんとかしないとっ!!

 服を買いに行く目的を持っていたわたしの意識は、いつの間にかパンツに向いていた。


 ……ちなみに、ホントに先輩はまだ見てないよね? わたしのパンツ……。


「はいっ、下着トークは一旦置いといて。それじゃあ服選びしよっか!」

「あっ、はい。よろしくお願いしますっ、師匠!!」

「あははっ、師匠ってウケるぅ〜」


 そんな彼女の笑い声を他所に、わたしはバイトの新人さながらメモを取り出した。



 〇



「どっ、どうでしょう、か?」

「おぉ……」


 気付けばわたしは、沙耶香ちゃんの選んだ服たちを試着しては見せる、を繰り返していた。


「なんか、さっき着てた服と変わってないような……?」


 それでも絶えずグッドサインを送ってくる沙耶香ちゃん。

 いつもとは違って、デザインがちょっぴり大人っぽいTシャツとデニムパンツ。

 だけどノースリーブの白シャツをへそ出しで着るような沙耶香ちゃんの大胆なファッションと違って、わたしの今着ている組み合わせは普通っぽく見えた。

 オシャレなお店だから、てっきりドレスとか出てくるのかなと思ったけど……。


「あっ、でもシャツはパンツの中に入れるといいかも?」

「こう、ですか?」

「そうそう! ……やっぱりデカいなぁ」

「沙耶香ちゃん?」


 デカいって、もしかしてTシャツのことなのかな? でもこの服、ピッタリというか、ちょっとぴっちりしてる感じがするし。


「ううん、やっぱりあやのんはこのファッションがすごく似合うなーと思っただけ!!」


 しかし沙耶香ちゃんは、『デカい』という言葉を他所にわたしを褒めてくれた。


「やっぱりあやのん、スタイルいいからねぇ〜。出るべきところはボンって出てて、締まってるところは程よくキュッとしててさ」

「そう、ですかね……?」


 ただのお世辞なのか、本音なのか分からない。

 沙耶香ちゃんは裏表が無いと思うけど、それでも分からない。

 だって自慢じゃないけど、お腹のお肉とか簡単に摘めちゃうし?


「そりゃあ、ねぇ……」

「あっ……」


 悲しげな目線の先にあった『デカい』の正体。

 それに気付いたわたしは、逃げるように試着室のカーテンを閉めた。


「ごめんごめん! ほら、まだまだやるよ!!」


 そう言ってカーテンを開け、たくさんの服を渡してきた沙耶香ちゃん。

 わたしは驚きながらもそれらを受け取り、一着一着、ハンガーにかけていった。


「それにしても、どれも可愛くてオシャレだなぁ……」


 試着室にかけられたハンガーと、そこにかかる沙耶香ちゃんが選んだ数々のファッション。

 そのどれもが新鮮で、だけどカーテンの向こうの彼女にとっては普通で。

 感嘆としている反面で、わたしも彼女に追いつけるかもしれないという高揚を感じた。


 わたしが知らなかった世界。

 だけど、これからわたしが触れていく世界。


「これ、いいな……」


 そこに繋がるたくさんの扉。

 そのうちの一つを選ぶように、わたしは一着の服を手に取った。


「おぉ……」


 感激した声をあげたのは、沙耶香ちゃんだった。


「どう、かな?」

「……かわいい」

「ふぇっ!?」

「可愛い! 可愛すぎるよ!! てか清楚すぎって言えばいいのかな!? とにかく、別人みたいに可愛いよ!!」

「そっ、そんなに!?」

「そうだよ! ほらっ、鏡見て!?」


 早口でまくし立てる沙耶香ちゃんの勢いに流されて、鏡を見たわたし。


「……えっ?」


 しかしそこに映っていたのは、確かに自分じゃない誰かみたいで。

 だけど自分の面影がちょっぴり残っていて。

 まるで未来から来た自分を見ているような、不思議な感じだった。


「……きれい」

「でしょ?」

「……ぅん」


 沙耶香ちゃんの問いに、こくりと頷いた。

 そして目の前の自分が、だという実感が湧いてくる。

 その感覚が嬉しくて、ついつい笑顔になる鏡の向こうの女の子。

 そしてその可愛い表情もまた自分のものだと分かった瞬間、高揚は最高潮に達していた。


「沙耶香ちゃん、今日は本当にありがとうございましたっ」


 沙耶香ちゃんのおかげで、知らない世界に踏み入れることができた。

 これできっと先輩との明日のお出かけはバッチリ。むしろ先輩をあっと驚かせることができるかもしれない。

 そんな気持ちを携えて、わたしは沙耶香ちゃんに感謝の意を伝えた。


「……うーん」


 しかし沙耶香ちゃんは、まだご不満な様子。

 目線はわたしの顔に向いていた。


「あとは散髪とメイクが必要か……。よしっ」

「沙耶香ちゃん?」

「あやのん、明日の朝、空いてる!?」

「ふぇっ!?」


 準備は入念にっ。

 だけどその結果は、先輩をあっと驚かせるくらいには十分すぎるものになるみたいだ。

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