第27話 愚か者に贖罪を①

 ──あの愚か者に罰を。一生立ち直れないような天罰を。


 あんなことがあってから、花蓮はずっとそれを願っていた。

 あの最低で理不尽な男を。もう二度と顔も見たくないクソナルシストを。いつか絶対に地獄の底に落としてやる。

 そんなことを、ずっとずっと願っていたのに……。


「……あぁ」


 いつの間にか、花蓮は虚無になっていた。

 復讐してやるだとか、地獄に落ちろとか。そんなことがどうでも良くなって。

 自室の白い天井で、ボーっとしていた。


「花蓮、早く起きなさい」


 一階から、母の呼ぶ声が聞こえる。叱ってるようで呆れているような、冷たい声だ。


(……学校、行きたくないな)


 行けばあの最低な男と遭遇する可能性がある。

 それが無くても、まず学校に楽しいことがない。友達がいない。

 元より鬱々うつうつとした気持ちに、学校生活へのうれいがかかる。


「花蓮、いい加減早く起きなさい」


 語気が強くなった母の声。

 うるさいなと思いながら、花蓮は重い身体を起こした。

 だけど、学校は行きたくない。だから、行かない。


「……母さん、しばらく学校休みたい」


 思い切って、言ってみた。

 黙ってサボれば、面倒なことになると思ったからだ。


「は?」


 案の定、反応は最悪だった。


「何言ってるの。サボり? それならお母さん許さないから」

「……それは──」

「それに学校なんてサボったら、お父さんみたいなろくでなしのクズになるわよ」


 花蓮が悪いことをすると、すぐ父親を引き合いに出す。母の悪い癖だった。

 ろくでなしのクズ?

 一度はその人と結婚したくせに、よくそんなことが言えるよね?

 だけど凍てつくほどに冷たい視線を向ける母を前に、そんな悪態は吐けなかった。


「お母さん毎日言ってるよね? 真面目に生きて、良い大学を出るかエリートと結婚するかしないと許さないって」


 胃のキリキリするような言葉が飛んでくる。聞き慣れたはずなのに、相変わらず腹を刺すような痛みが走る。


「お父さんみたいになりたくないでしょ? それとも何? お父さんみたいに、まともに金を稼げない駄目人間になりたいの?」


 そしてまた、父を引き合いに出す。


「──違う!!」


 そんな母にうんざりしたのか。それとも……。

 花蓮は、黙れと訴えるように叫んだ。


「……勉強、したいの」


 けれど逃げるように、それっぽい理由を並べることを選んだ。


「……そろそろ学祭の準備があって。そんなものに浮かれるくらいなら、勉強した方がいいというか」


 学校をサボりたいと、花蓮は初めて母に言った。

 だからどんな都合を付ければいいか分からない。並べたこの言葉が許されるか分からない。

 母が口を開くまで、震える花蓮だったが、


「……そうね」


 あっさりと、母は納得した。


「好きにしたら? お母さんはそれでもいいわよ」

「……うん」

「成績を上げて良い大学に行くためだもの。


 そう言って、行ってきますも無しに家を出た母。

 対してその瞬間の花蓮は、玄関前でペタンと座り込んでいた。



 〇



 ──花蓮、勉強も運動もしっかり頑張れよ?

 ──じゃないと、父さんみたいなろくでなしのちゃらんぽらんになるからな?


 ふと、父との最後の別れを思い出していた。

 思い出しながら、理由もなく外をぶらぶら歩いていた。


「…………」


 何も楽しくない。何を見ても、何も感じない。

 感じるのは、学校へ向かう学生たちの笑い声が耳障りなことくらい。

 それなのに、どうして自分は外にいるんだ? 学校に行く訳でもないのに、どうして?

 そんなの、分かんない。

 花蓮は、もうどうすればいいか分からなくなっていた。


 けれど次の瞬間、大きな感情が花蓮を目覚めさせた。


「おい彩乃、早く!」

「まっ、待ってください先輩! ひゃぅ!?」

「ったく、何やってんだよ」

「へへっ、すみません〜」


 たまたま通りかかった、何の変哲もないアパート。

 そこから出てきた見知った顔に、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


(アイツ、こんな時間に何やってんのよ……)


 仮にも友達を演じた身だ。あのアパートが彩乃の家でないことは分かるし、兄がいないことも知っている。

 だからこそ花蓮は、激怒した。


(あの男にこっぴどく振られた陰キャの分際で、他の男と……)


 許さない。

 私は、あんな酷い目に遭ったのに。

 アイツは他の男と、朝まで……。


(こうなったら、アイツの人生をめちゃくちゃにしてやる……)


 ──あの愚か者に罰を。一生立ち直れないような天罰を。


 恨みの矛先は、一条星成から道明寺彩乃へ。

 いつの日かみたいな怨嗟が、またも花蓮をあらぬ方向へ導く。

 花蓮の手には、横向けのスマートフォンがあった。


(これをばらいて、安価でヤらせてくれる痴女だって噂を広めてやる……)


 そしてカメラのピントを合わせて……。


「…………」


 シャッターを、押せなかった。

 喉を刺すような痛みが、その根源が、花蓮の手を止めたのだ。


 ──なぁ、花蓮。幸せになりたいか?


 また、父の声だ。


 ──だったら勉強して良い大学に出たり、良い男を捕まえたり。父さんと違って、色々なものを手に入れるんだ。


 父の、残念な笑い声だ。


 ──だけどな。これだけは約束してくれ。


 しかしその後、真面目な声で言った言葉を、花蓮は思い出した。


 ──絶対に、誰かを蹴落とすマネはするな。絶対だ。


「……うぅっ」


 ……あぁ、バカだ。ダメだ、私。

 ろくでなしの、ちゃらんぽらん。いや、もはやそれ以下だ。

 そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。


 愚か者は、私の方だ。


 手に入れたいもののために手段を選ばず行動して、さらに同じものに手を差し伸べる子を蹴落とした。


「……ごめんなさい。……ごめんなさい」


 花蓮は、走った。

 誰にも涙を見せまいと。道端のトイレへ駆け込んだ。


「……ごめんなさい。……ごめんなさい」


 父に、そして自分が蹴落とした少女に、花蓮は涙を流しながら謝った。


 ……分かってる。


 どれだけ謝っても許されないと。どう足掻いても、自分は最低で最悪な女であることに変わりは無いと。

 もはや人間以下のゴミ。

 けがれた便座がお似合いの、慈悲をかけられる資格も価値もない存在だ。


「どうしよう、私、どうしたらいいの……」


 彩乃に直接謝ればいい。それが正解かもしれない。

 だけど、それをやっても許されない。今更謝っても、もう遅い。


 犯した大きな罪をあがなうには、どうすればいいのか。

 それが分からなくて、花蓮は頭を抱えることしかできなかった。


「……誰か、助けて」


 救いの手なんか誰も差し伸べてくれない。

 そんなことは分かっている。

 だけど花蓮は、自然と助けをうていた。


 ──愚か者に贖罪を。一人の少女の心を壊した罪を、贖う方法を教えて欲しい。


 許されなくていい。

 最低で最悪な女だって、世界中の人間に責められても構わない。

 どんな罰も受けるから。……なんでもするから。


 どうか、自分の罪を贖わせて欲しい。


 花蓮はただ、そうやって必死に願うことしかできなかった。






【あとがき】

 「続きが気になる!」「花蓮ちゃんどうなるの??」「とりあえずオム厨を許すな」と思った方は☆評価、作品のフォローよろしくお願いしますっ!


 まぁ今回は賛否あると思います。

 皆さんの思いの丈、応援コメントにてお待ちしております。


 あと申し訳ないですが、月曜日から2日か3日ほど、投稿をお休みさせていただきます。

 また次の投稿から、頻度が少し落ちます(申し訳ないです。なるべく頻度多めで、できれば連日投稿で頑張ります!!)


 当作品のフォロー、およびカクヨム様のアプリをご利用頂けると、投稿した瞬間にアプリ通知が来ますので、良ければフォローとアプリのダウンロードをお願いしますっ!

(ちなみに近況ノートで投稿時間予告もしますので、気が向いたら覗きに来てください)


 引き続き、つくしくんと彩乃ちゃんの応援、よろしくお願いしますっ!!(次回は『つくしくんの〇〇〇』が始まります。

(特に変な意味はないです))

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