第26話 とろり、とろとろ

「ふぁ〜……」

「ふぇ〜……」


 とろり、とろとろ。

 とろり、とろとろ。

 俺たちの目は、寝起きで力を失っていた。


 チュンチュン。チュンチュン。


 おはようと鳴くすずめと、快晴の朝。

 元気な太陽とは対照的に、全く眠れなかった俺たちはお互い情けない様相だった。

 斜めにズレたえり明朗めいろうの『め』の文字もない表情。そしてボサボサに跳ねた髪。


「……ふふっ」


 それらがそんなにおかしいのか、俺を見てくつくつと肩を揺らす彩乃。


「……っはは」


 対する俺も、釣られて笑ってみた。彩乃のおかしさに影響されたわけじゃないけれど。

 とりあえず、とりあえず。


「えへへへへへ……」

「あははははは……」

「えへへへへへ……」


 いや、コイツもたぶん無理やり笑ってるだけみたいだった。

 真夜中の恥ずかしい出来事を忘れるために。未だに残っている羞恥心を吹き飛ばすために。


「…………ぉはよぅ」

「…………ぉはよぅござぃますっ」


 だがしかし、効果はない。

 一度だけ目を合わせ、俺たちは真っ赤な顔をぷいと逸らした。



 ○



「……はぁ」


 なんとなく飲みたくて、久しぶりに作ったモーニングコーヒー。

 いつもはブラックな苦味で目を覚ますのに、今日はそれが感じられない。


「すまんな彩乃、朝食まで作ってくれるなんて」

「いえっ、冷蔵庫にこの前買った卵の余りをちょうど使いたかったのでっ」


 じゅうじゅうとベーコンを焼く音と匂いがキッチンから広がる。

 卵を使うということは、ベーコンに目玉焼きを付け加えるのだろうか?


「お待たせしましたっ♪」

「……あれ? 温泉卵、にしては固まってるような?」


 しかし出てきたのは四等分に切られた焼き食パン二枚と、その上に乗ったベーコン、そして胡椒とマヨネーズがかけられた、何らかの卵料理だった。


「エッグベネディクトですっ。聞いたことありませんか?」

「えっぐべねでくとぉ?」

「どこの方言ですか、それ。エッグベネディクトですよっ。ベネディクト」

「ふーん……」


 まぁ、ベネディクトでもべねでくとぉでも、どっちでもいい。

 ようやく覚めた脳が、空腹を訴えてくる。


「食べてもいいか?」

「どうぞっ」

「それじゃあ、いただきます」


 俺は彩乃からの了承を得て、俺は手を合わせてすぐにナイフとフォークを手に取った。


「…………」


 ごくりと、俺は唾を飲み込んだ。

 ぷくりと膨らんだ卵に切れ目を入れる。

 その瞬間が、どうやらあのオムライスを食べてからクセになっているみたいだ。


「……おぉ」


 とろり、とろとろ。

 とろり、とろとろ。


 まゆのように白いかたまりからとろけ出す、黄金こがね河流かりゅう

 その光景に、俺はまたも感嘆の声を漏らしていた。


「……んっ、うまっ」


 そしてそのまま、開いた口でパクリ。

 美味い。やっぱり彩乃の料理は美味い。


 口の中にまとわりつくトロトロな黄身が、旨みを存分に伝えてくる。

 そしてベーコンとパン、マヨネーズのアクセントが、別の旨みを伝えてくる。

 色々な勢力がぶつかり合っている。

 そのはずなのに、口の中では美しいマリアージュが織り成されているようだった。


 カリッ、サクリ。

 とろり、とろとろり。


 食感が楽しい。口の中に広がる混沌こんとんが嬉しくて仕方がない。

 そんな幸福を朝から味わえている。


「美味しいですかっ?」

「あぁ、相変わらず美味いよ」


 そして、目の前には朝から友達がいる。

 いつもなら憂鬱な朝なのに、それを堪能している自分がいる。

 その事実を、俺は食パンと一緒に噛み締めた。


「あっ」

「あっ」


 しかし悠長なことをしてる場合でないと、俺たちは時計に気付かされた。

 時刻は午前8時。そして俺たちはまだ、ボサボサの髪と寝間着のまま。


 ── それじゃあまた明日学校でな、大親友!


 昨日の夜、倫太郎は俺に言った。

 つまり昨日も今日も、平日。

 学校が、あるのだ。


「急げ、彩乃!」

「あっ、はい!!」


 カツカツ、カツカツ。

 食器とフォークがせわしなくぶつかり合う。

 優雅な朝食はどこへやら。

 俺たちはドタバタと行き支度を済ませた。


「やばいやばいっ、遅刻しますー!!」

「って、おい! 着替えるなら洗面所行け!!」

「ひゃっ!! すみませんっ!!」


 チュンチュンと雀が鳴く朝。ひとつ屋根の下に男女が二人。


「「行ってきます!!」」


 その生活が楽しかったのだろうか。

 めんどうな学校生活を前に、俺たちは明るい顔で家を出発した。


「「……はぁ」」

「学校、だるいな」

「……ですねっ」


 ……まぁ、めんどくさいことに変わりはないけどな。





【あとがき】

 尊い! 甘い! と思った方は☆評価、作品のフォローよろしくお願いしますっ!


 次回は……。はい。えぇ、はい。(何?)


 あと申し訳ないですが、また月曜日に投稿をお休みさせていただきます。リアルがちょっと忙しくなってきたので……。

(日曜は投稿しますっ)

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