第18話 バカ

 ──また明日な。


 先輩は、そう言ってくれた。

 わたしはそれに「うん」と頷いた。

 でも頷く他なかった。

 だって世界の理を崩さない限り、明日はやって来るから。

 キュウべぇと契約して「明日が来ませんように」と願うようなことができないわたしは。

 ただ、仕方なくやって来る明日を受け入れることしかできないから……。


「……はぁ」


 教室のすみっこ、窓際の席で。

 わたしは机に突っ伏してめ息を吐いていた。

 教室に入っても挨拶一つない朝から始まった、わたしの日常。

 それから透明人間になったような午前中を過ごして、昼休み。

 真夏日の太陽だけが、わたしを見つけて暑苦しいアプローチをかけてくれた。


「……先輩、今なにしてるかな」


 ふと、わたしはケータイを手に取った。

 ともだち5人のラインを開き、先輩とのまっさらなトーク画面を眺めた。


『先輩、今暇ですか?』


 初めて自分から送った気がするメッセージ。

 それを送った瞬間、ドキドキが止まらなかった。

 かつての彼氏に抱いたものは違う、ワクワクとちょっぴりの不安が混じったような、そんなドキドキだった。


「……あっ」


 既読きどくがついた瞬間、心臓が跳ねた。


『ひま』


 返信は、既読がついてすぐだった。

 わたしは上体を起こし、ポチポチと両手で文字を打った。


『お話しませんか?』

『別にいいぞ』

『あっ、でも何を話しましょう?』

『何も考えてなかったのかよ』


 もう、うるさいなぁ……。


『まぁ、俺もどうすればいいか分からんけど』


 その返信に添えられた、「さぁ?」と言ったクマさんのスタンプ。

 先輩らしくないレスに、思わず口元が緩んだ。

 ……てかこれ、めちゃくちゃかわいい。


「なーにニヤニヤしてんの?」

「ぴゃっ!!!??」


 突然話しかけられた衝撃に、肩がビクンと跳ねた。

 って、ききっ、金髪の、ギャルだ!!


「あっ、あっ、あのっ……」

「っはは! なにビクビクしてんのさぁ! てかてか、今の顔なに? もしかしてあやのん、実は彼氏がいた的な!?」


 怖い。陽キャこわい……。

 なんかいつの間にか『あやのん』って呼ばれてるし!? てかこの人、誰だっけ!?


「いやぁアタシ、一回はあやのんとお話してみたかったんだよね〜」

「あっ、いやっ、わたしは……」

「あれ? そういえば最近花蓮とお話しなくなったよね? どしたん? なんかあったの??」

「……えっ、あぁ、えっと」


 ……ダメだ。やっぱり怖い!

 遠慮なくグイグイ迫ってくるし、わたしの気にしてることにズカズカ踏み込んでくるし!

 ていうかわたし、先輩とお話してたのに……。

 しかしケータイをチラリと見ると、通知がゼロだった。

 ……せんぱぁーい。


「あっ! 良かったらさ、あやのん! 帝徳祭の準備でアタシと同じやつやろうよ! ほら? 学祭準備ってお友達ともーっと仲良くなれる機会でしょ? これを機にあやのんともーっと仲良くなりたいって言うか──」


 突然現れた金髪ギャルさん(?)による、一方的な怒濤どとうトーク。

 だけどその途中で、誰かの小声が耳に入った。


「(そういえばアイツ、休みなんだって)」

「(あぁ、風邪だっけ?)」

 

 ヒソヒソと話す周りの声を聞いて、わたしは思い出した。

 そういえば今日、花蓮ちゃんが居ないんだ。


「あっ、そういえばさぁ〜」


 クスリと、一人の少女が言った。

 今、チラリとわたしの方を見たような。

 まぁ気のせいだろうと思った、次の瞬間だった。


「……アイツ、これでマジでぼっちになったね」

「……っはは、ホントそれ」


 また小さくなった二人の声。

 だけどそれは間違いなくわたしに向けられた悪意のあるもので、嘲笑う声がしっかりと聞こえたのだ。


「まぁ、いいんじゃね? アイツ、陰キャでぼっちのくせに一条くんに付きまとっててムカついたし」

「でもかわいそ〜。唯一のお友達だったのに、もうこれじゃあ友達いないじゃんねぇ〜」


 だけどその言葉は昔から慣れっこだ。

 みんなみんな、わたしの悪口ばかり。

 男子は何も言わないけれど。女子はみんな、わたしにトゲのある言葉を吐くのだ。

 それで慣れてしまったのだ。心が。

 ズタズタに刺される度に、心の皮が厚くなっていたのだ。


 ……だから、大丈夫。大丈夫。


「──ねぇあやのん、聞いてる?」

「……あっ、えっと。すみません聞いてませんでした」

「えー!! だからさぁ、次のホームルームで帝徳祭のこと話すんでしょ? だからアタシと一緒に──」


 わたしは彼女たちの陰口から意識を逸らし、目の前の彼女の話を聞くことにした。

 そうすれば、大丈夫だから。

 きっとあの子たちも、わたしの話題を止めてくれるから。


「まぁ、どうでもいいんだけどさぁ〜」


 ほら、こうやってわたしの話題が無くなればもう大丈夫。

 そう思っていた、はずだったのに──。


「あたし、西澤花蓮にしざわかれんみたいなタイプのやつ嫌いなんだよね〜」

「わかるぅ〜」

「あたしら一軍とか、三軍の大人しい奴を見下してそうって言うかさ。なんか『一人でいる私に近付かないで〜』ってオーラがムカつくっていうか。そういうとこ、噂のに似てるというか?」

「ホントそれ。てかアイツも一条くん狙ってたらしいよ?」

「は? 何それ? アイツが?? うっざ。どうせアタシたちから一条くん奪って、えつに浸りたいだけでしょ? だってアイツ性格悪いし──」


「……あっ、あの」


 ガタンと、いつの間にかわたしは椅子から立ち上がっていた。

 花蓮ちゃんは、そんな子じゃない。

 本当なら、そう反発したかったのだろう。


「は? なに?」

「あっ、えっと、そのぉ……」


 それなのに、この後は何も言葉が出なかった。


 ──ねぇ、星成せな。この陰キャ、どうすんの?


 花蓮ちゃんは、いい子?

 いや、そんなことは無い。もしかしたら彼女たちの言う通りかもしれない。

 最悪の記憶がフラッシュバックした瞬間、わたしは強く思ってしまった。


 ……あぁ、わたしは悪い子だ。


 先輩の言う通り、花蓮ちゃんは曲がりなりにも親友だったのに。


「あのさ」


 気付けば、金髪ギャルさんも立ち上がっていた。


「文句があるんだったら、本人の前で言ったら?」

「は? なに? アイツの肩持つの?」

「いやいや違うから。文句があるんだったら本人の前で言え、って言ったの? 日本語わかる??」

「いや、だからそれが肩持ってるように聞こえるって言ってんだけど……」


 教室をほとばしる険悪な空気。

 だけど彼女はすーっと息を吸い込み、その空気を吹き飛ばす勢いで思いっきり叫んだ。


「バーーーーーーーーーカ!!!!!!」


 ……えっ? なになに??


「──って、アタシは叫んでやったよ? ムカつくから」

「……は?」


「だからぁ、アタシもアンタらと同じこと思ってたから言ってやったの。見下すような目で見るのやめろー、とか! あやのんに近付く度に不機嫌そうに睨みつけるのマジで腹立つから、とか!! まぁ愚痴ったというか、もはや説教した的な??」


「……っ、なにそれ。アンタ、バカなの?」

「えっ? バカだよアタシ。成績は下から三番目だもんっ☆」


 えっ、嘘? わたしより一個だけ順位高い!?


「ほら? 今ならここに御本人がいるよ? さっきコソコソ言ってたこと全部ここでぶちいて、バカになっちゃおうよ!!」

「えっ? あのっ、えっ!?」


 彼女の発言に驚いたのも束の間。

 今度の彼女は、わたしの背中を押して悪い子たちに差し出したのだ。


「……は? 何言ってんのお前」

「ねぇ、こんな奴ほっといて行こ?」


 うん。そりゃそうなるよ……。

 金髪ギャルさんの言葉に、さすがにドン引きの二人。


「──へぇ、逃げるんだ?」


 だけどその瞬間、彼女の快活な声が一変。重みのある黒が混じった声色で、彼女はつらつらと呪怨を唱えるように迫ったのだ。


「そうやってヒソヒソ言うだけ言って、それを本人の前では言わないんだ? 本人が聞いたら傷つくから? やっさし〜。でもめちゃくちゃキモいんだけど? だったら最初から言うなっての。わかる?」


「……なによ、こっち来ないで」


「ていうかアンタらの言ってたあれ、何? ただ嘲笑ってただけ? それ単なる僻みじゃん。そういうのもマジでやめて欲しいんだけど? 聞いててマジで気持ち悪いし──」


 色を失った瞳で一人の少女を追い詰める金髪ギャルさん。

 そして獲物を壁まで追いやった瞬間、その獲物の顔近くに腕をドンと叩きつけて、一言。


「──次にの前でそういうことしたら、タダじゃ済ませないから」


 そのタイミングで、チャイムが鳴り響いた。

 金髪ギャルさんは彼女から立ち去ると、今度はわたしの元へ寄ってきた。


「えっ? なっ、なんですひゃっ!?」


 えっ? なに? 両肩掴まれたんですけど!?


「……アンタも、言いたいことあるなら言わなきゃだよ」

「えっ?」

「さっき! 友達を侮辱されて、堪らず立ち上がったんでしょ!?」


 そっ、そんなことは……。


「……ちっ、違い、ます」


 そうだ。わたしは違う。

 だってあの子は、わたしに酷いことをしたんだ。一度は地獄に落ちろなんて願ったほどに、最低な人なんだ。


「……だって、かれんちゃん、悪い子、だから」


 そう漏らすと、金髪ギャルさんは呆れたと言いたげに溜息を吐いた。


「何があったか知らないけどさ。それでもアタシは、あやのんが花蓮をかばおうとしてるように見えたよ?」


 えっ……?


「過去にあの子が何をやらかしたか知らないけど、今なら許せるんじゃない?」

「……それは、無理、です」

「……あー、そっか」


 残念そうに答える金髪ギャルさん。


「おーい、さやっち〜」

「あっ、はいはーい!!」


 わたしと違ってたくさんの友達に呼ばれ、背を向けて立ち去ろうとしたが、


「ねぇ、友達を大事にするのに必要なもの、教えようか?」


 くるりと長い金髪をひるがえしてニコリと笑った。


「どんな過去があっても今を許してあげられる、強い優しさだよ?」


「つよい、やさしさ……」

「もちろん、の話だけどね? 一生許せないならそれでいいんじゃない?」


 そして今度は満面の笑みで一言。


「でもあやのんなら、もうあるんじゃないかな?」


 わたしが、強い優しさを、持ってる?

 そんなはずは無い。

 そう言い聞かせたいのに、いつの間にかわたしの手は、それを探るように胸に当てていた。



【あとがき】

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次回は帝徳祭を前にしたクラスのお話ですっ(今度は女の子のクラス委員長が出るらしい)。

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