第19話 大丈夫①

「ねぇねぇあやのんあやのんあやのん!!」

「ひっ……!!」


 ホームルームで帝徳祭の話があって、すぐのこと。

 さっきの金髪ギャルさんが、わんちゃんみたいにこちらへ駆け寄ってきた。

 名前は確か、……さやっちさん?


「あやのんもさぁ、アタシたちと一緒に演劇の準備やろうよ!!」

「えっ、演劇、ですか……」


 演劇ってことは、もしかして大きいステージで劇をやるんだよね?

 陰キャのわたしが? スポットライトに醜態しゅうたいを晒されて??


「おーい?」

「わたしには無理わたしには無理わたしには無理わたしには無理わたしには無理わたしには──」

「ちょっ、大丈夫だから! とりあえずその、椅子座りながら頭を抱えるポーズやめよっか!?」


 わたしには無理わたしには無理わたしには無理わたしには無理っ!!

 どうせならいっそ、エヴァに乗って死んだ方がマシだ!


「ていうか演劇って言っても準備やるだけだから! ステージには立たないから!!」

「わたしには無理わたしには無理わたしには無理わたしには無理……、えっ?」

「だからステージの準備だから! 裏方だから!! いいでしょ!?」


 イケイケな少女から、思わぬ提案が飛んできた。えっ? ステージに立たないの?


「だってアタシ、お裁縫とかすっごい得意だから、ステージの衣装とか作ってみたいなーと思ってたし!!」


 だけど彼女がそれを望む理由はちょっぴり可愛かった。


「……うん、分かったっ。一緒にやろ?」

「ほんと!? ありがとう!!」


 こうしてわたしは、さやっちさんと一緒に演劇の裏方に行くことにした。

 久しぶりにクラスメイトの子から熱烈な誘いを受けて嬉しかったのもあるけれど。

 もしかしたら裏方なら、先輩と一緒になれるかな、なんて思ったのだ。


「……まぁ、何故かすごく人気らしいから一緒になれるか分かんないけどね」

「うっ……」


 まさか壮絶な椅子取り合戦になるとは露知らず……。



 ○



「はーい! それじゃあぽまえたち集まれー!!」

「帝徳祭について話し合う時間だぞーい!!」


 チャイムが鳴ったと同時に響いた、二人の元気な声。

 教壇の前では、俺たち男女のクラス委員長がノリノリではじけていた。


「よっ! 待ってました! シロリン!!」

「あかねっち! 早く始めちゃおうよー!!」


 周りから聞こえる男女の声。

 シロリンと呼ばれた男は言わずもがな。

 あかねっちと呼ばれた少女は、もう一人のクラス委員長──美作みまさかあかねさん。

 数多の女子から嫌われている城田倫太郎を唯一気に入っている(らしい)女の子だ。


「おっ、それじゃあ早速始めちゃいますか!」


 チョークを持ってスラスラと書く美作さん。

 書き終えてすぐ、嬉々とした声で書いた通りの内容を教えてくれた。


「帝徳祭は例年通り、縦割りの8チームで様々な催しを行います!!」

「縦割りだから同期だけでなく、先輩や後輩の女子とも関われる!! つまり我々男性諸君は、たくさんの女の子たちにいいところを──」

「倫ちゃん、ちょっと黙ろうか?」

「あっ、はい」


 やや斬れ味のある美作さんの言葉と、それにすぐさま大人しくなる城田倫太郎。

 この一連の流れがやけにこのクラスで好評なのか、変わらずこの空間は笑いの渦を見せた。


「てか倫ちゃんは画面にお嫁さんがいるから、女の子とかどうでもいいんじゃないの?」

「バカ言え。三次元の女の子にも良いところ見せて、三次元でハーレムを作ることで『りぃたそ☆』をヤキモキさせるのがいいんだるぉ!?」

「……えっ、なにそれキモっ」


 いや、城田倫太郎がドン引きされるまでがセットか。


「それじゃあ気を取り直して。催しは文化祭が4つ、体育祭が2つあります!」

「文化祭は『チームTシャツ』『出店』。そして『演劇』と、その準備だぞい!」


 演劇の準備というワードにややざわつくクラス。

 疑問の声が仄聞そくぶんされたのか、それに答えるべく二人の委員長が情報を付け加えてくれた。


「今まではステージに立つ人もステージの準備をする裏方も『演劇』で一括ひとくくりになっていて、かく言う漏れも去年は裏方に徹してたいと思って参加したのだが……」


「なんか倫ちゃんみたいに『裏方がやりたい』って人たちばかりが集まったせいで、不本意にステージに立たされる人がその中から何人も出たんだってさ」


「うぅっ……、どうして……、漏れがステージになんか立たされたんだ……」


「ところで、何の役やらされたの?」

「……石。背景の、石」

「えっ? あっ……、ふーん……」

「何か言って!?」


 城田倫太郎、そりゃ今のじゃ、美作さんも反応に困るだろ……。


「あと体育祭は──」


 しかし帝徳祭の準備か。

 彩乃だったら、何を選ぶだろう?

 陰キャを自称するからには、裏方だろう。あと体育祭には絶対関わらなさそうだな。外は暑いし、夏の屋外であれこれやるのは絶対嫌だろう。俺も嫌だけど。


 ……てかさっきの昼休み、彩乃に何やるか聞けばよかったな。


「はい! 説明は以上!! それじゃあみんな、何をやりたいか黒板に書いていってください!!」


 しかし美作さんのその言葉を待っていたかのように、すぐさま全員が動き出した。


『なぁ、演劇準備行かね?』

『行く行く! 楽そうだし!!』

『ねぇねぇ出店行かない?』

『わたしも行きたい!』

『じゃあオレたちはチームTシャツ作りで──』


 全員が全員、仲間を作って黒板に名前を書いていく。

 始めに演劇準備が埋まり、次にチームTシャツ、そして出店も席が無くなっていく。


「ちょっ、みんな群がらないで!!」

「おっ、おっ、もちつけ!! 急いで名前書いたって、定員オーバーならぽまえらでジャンケンしてもらうからな!!」


 城田倫太郎の言う通りだ。急いで書いたって、ジャンケンに負けたら意味が無い。

 そう思い、俺はひとまず落ち着くまで静観していたのだが……。


「……って、マジかよ」


 たまたまなのか? それともあの騒ぎの中でジャンケンを回避するためのやり取りがあったのか?

 どういうわけか、『演劇』と『チームTシャツ』にそれぞれ一枠のみが空いていた。


「あっ、えっと、その……」


 あともう一人、メガネの少年が俺の様子を窺いながらも『チームTシャツ』に名前を書こうとしている。


「あのさ──」

「ひっ!! ごめんなさい!!」


 そして怯えるような、命乞いをするような声をあげた。

 俺、別に何もしてないのに……。


「あっ、あのさ」


 それでも俺は、心を落ち着かせて言った。


「書けよ。行きたいだろ? そっちに」


 そう言うと、少年は驚きながらも『チームTシャツ』に名前を書き残した。

 さぁ、あとは俺が『演劇』のところに名前を書くだけだが……。


 ……俺、本当にステージに立つのか?


 そう思うと、足がどうも黒板に向かわなかった。


『うわっ、最悪。アイツが余りかよ』

『良かったぁ、チームTシャツで一緒にならなくてー』

『いやいや、まだジャンケンがあるから分からねぇだろ?』


 仄かに聞こえてくる、とげのある言葉たち。

 まぁ、をした俺にとっては当然の報いで、こういうのはもう慣れっこなのだが……。


『でも仮に亜麻靡あまないくんが来てジャンケンになったら、負けた人がステージに立たされるんだよね?』

『マジか! それだけはマジで勘弁!!』


 だけどステージを避ける彼らの悲鳴が、俺の手足を止めるのだ。

 まるで俺に絡まりつくつたのように、俺を拘束するのだ。


 ……いや、もうサボってしまえばいいのか?


 だけど城田倫太郎は『絶対に来い』と言ったのだ。一年間ずっと心配をかけてきた奴に言われたのだ。簡単に約束を破る訳にはいかない……。


「何やってんだよ亜麻靡あまない! オレっち達と一緒にステージ盛り上げようぜ!!」


 扇動せんどうする一人の陽キャの声。それに賛同する周りの視線。

 それらが俺の背中を押していく。徐々に、足を動かそうとするのだ。


「は? 何でアイツと一緒にならなきゃいけねぇんだよ。分かってんのか? アイツは──」

「あ? 文句があるならテメェがどっか行けばいいじゃん」

「……っ。なんだよ偉そうに」

「なぁ、いいだろ亜麻靡!! 来いよ!!」


 ……はぁ、しゃあねぇな。


 これはもう、俺が『演劇』のところに名前を書けば解決するんだろう。

 それに彩乃が仮に『演劇』の準備だったら、一緒に居られる可能性もあるし、どうせ任されるのは『石』か『木』か、あるいは名前のない脇役だろう。

 俺は彼の言葉に流されるように、あるいは無理やり納得したように、足を踏み出そうとした。


「──なぁ、大親友」


 しかしそんな俺の肩を、いつものように城田倫太郎が優しく叩いた。


「良かったら、漏れと代わるか?」

「……えっ、でも、それじゃあお前またステージに立たされる羽目に」

「いいんだよ。大親友が困ってたら助けるのが当たり前だろ?」


 城田倫太郎はこう言うが……、それは違う。

 なんだかこれじゃあ、あわれまれているみたいだ。

 そして何より、城田倫太郎が報われなくなる。


「……いや、大丈夫だ」


 だから俺は意を決し、最後の枠に名前を書くことを選んだ。


「……っ。マジで来やがったよ、アイツ」


 ただ一つ、どうしても取り除けなかった悪意から目を背けて。



【あとがき】

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