第20話 陽キャ(自称)
「──なぁ」
放課後、いつもの待ち合わせ場所にて。
そこにはいつもと違うやつが、怒りに満ちた面を提げて現れた。
「……なぁ、やめとけって」
「……アンタ、どうなっても知らないよ?」
両隣にいる男女は彼の仲間だろうか。
俺を睨む彼とは違って及び腰になっていた。
「なんだよ」
まぁ、要件はアレのことだろう。
「お前さ、演劇のチームから抜けてくんね?」
「……だと思った」
始めから白旗を揚げるように、俺は答えた。
「でも、どうやって?」
「そりゃあ誰かと代わってもらうか、もういっそサボれよ。得意だろ? オレたちと違って」
サボれ、か。
さすがにそれはできないな。
俺は揚げた白旗を、ポイと投げ捨てた。
「あぁ、分かった。誰かと代わってもらう。その代わりそれができなかったら、悪いがお前たちのチームに入れてもらうよ」
……まぁ、代わるつもりは全く無いけど。
「は? それが無理だからこうやってお願いしに来てやってるんだろ?」
しかし、やはりこの男は吠えるように拒否した。
DQNとは違って、ひ弱そうな彼。
よく言えば細マッチョといえそうな体型だが、俺の嫌いな存在とは違う。
俺に威張る彼の姿は、鋭い爪を隠し持つ小動物のラーテルみたいだった。
「お前みたいな陰キャのことだから、どうせオレたち陽キャと違って、アニメや漫画の主役みたいなことやって気持ち良くなりたいとか思ってんだろ? そんなの無理だから!!」
そのラーテルは俺を陰キャと呼び、自分を陽キャと称した。
……だがそれ以外は、何を言ってるのかさっぱり分からん。
「いや、陰キャって見た目でもねぇか。だとしたらお前、ホント可哀想な奴だよな。陰キャにも相手にされねぇし。さっきのメガネ野郎の怯えっぷり見たか? そういうことなんだよ」
「……おい、その辺にしとけって」
「お前、オレたち陽キャだけじゃなくて、陰キャにも嫌われてるとか終わりだろ。そんなんで学校楽しいの? えっ?」
「おい! マジでやめとけって!!」
「これ以上言うと、また殴ってくるよ?」
けれどラーテルの背後の声に、少し心が揺らいだ。
……そうか、俺、そういう人間なんだって思われてるんだったな。
「てかお前みたいなやつと一緒にいるとやりにくいんだよ。何考えてるか分かんないっていうか、裏でオレたち陽キャをバカにしてそうっていうか。ぶちギレたら誰彼構わずボコボコにするって噂だろ? マジで不快なんだよ、お前みたいな
そうか、そうだ。
俺は、そういう風に思われてるんだったな。
そんな人間なんだって、誰かに掲示板に書かれて拡散されたんだよな。
「それで問題起こしたから、わざわざ実家から遠いこの学校に逃げてきたんだろ? それか親に捨てられて、今は一人暮らしなんだろ!?」
「おい、だからマジでその辺にしとけって──」
「うるせぇ! どうせ陰キャとも陽キャとも仲良くできないお前のことだから、これからも友達とかできないんだろ? まぁあんなことをやらかした問題児だから当然だよなぁ!?」
そうだ。友達なんて、ここに来てから全くできなかった。
貼られたドス黒いレッテルが、それをずっと妨げてきたから……。
そう思うと、意識がどんどん沈んでいくような気がした。
それは、暗い暗い、
「──せんぱーい!!」
けれど次の瞬間、聞き慣れた声の少女に飛びつかれて、ハッとさせられた。
「ねぇ先輩! 早く! ゲームしましょうよ!!」
「分かった、分かった。でも待て、今は取り込み中みたいだから……」
犬がしっぽを振るみたく落ち着かない彩乃を宥めた後、
「……は? なに? 先輩?」
「……何あの子、めちゃくちゃ美少女じゃん」
「……やばい、おれ、目合っただけで惚れそう」
真ん中のラーテルは動揺し、周りの男女はニヤニヤしながらヒソヒソ話していた。
「……あっ、すみません。わわっ、わたし、空気読めなくて……」
そんなラーテルと目が合った彩乃。
俺と話す時のような声の明るさと滑らかはどこへ行ったのか。
そして彼に隠れるように、俺の背後に行って顔だけ出した。
「……ところで先輩、そちらは?」
「……ん? あぁ、……誰だっけ?」
「……っ、クソっ。舐めやがって……。てかそこの女! オレたちの会話の邪魔すんな!!」
「ひっ! ごめんなさい!!」
今度は完全に顔を隠した彩乃。ラーテルより小さな動物は、俺の後ろで震えてしまった。
「……っ」
怒りがふつふつと込み上げてきそうになった。
とはいえ、乱暴なマネはしない。できない。
すぅと息を吸い、気持ちを落ち着かせる。
そして──。
「えっと確か……、『気持ち良くなりたい』って話だっけ?」
「ふぇっ!?」
「おい、どこ切り取ってんだよ!!」
あれ? 違ったか。
そう言うように、俺はけろっとした表情を見せてみた。
友達の前で、どんより沈んだ顔なんて見せられないからな。
「帝徳祭の話だ! お前みたいな何考えてるか分からん怖い奴がいたら迷惑だから、オレたち演劇のチームから抜けろって言ってんだ!!」
さて、次はなんて言おうか。
「えっ……」
しかしそう考えている間に、しゅんとした反応を見せた彩乃が俺より先に口を開いた。
「……先輩、演劇やらないんですか?」
なっ、なんだ、その言い方は?
「……まさか彩乃も、演劇なのか?」
そう聞くと、彩乃は小さくこくりと頷いた。
「なっ……!?」
だが俺よりも大きく驚いたラーテルは、彩乃の悲しげな声に罪悪感を募らせ、顔を引きつらせていた。
「……なっ、なんだ、そんな事情があったのか! そっ、それなら仕方なく、オレたちのチームに入れてやってもいいよな!?」
すぐさま手のひらを返し、仲間に同情を促すラーテルと、ぶんぶん首を縦に振る仲間たち。
「……そっ、そういう事だ、
「えっ? ステージ?」
しかし、こてんと首を傾げる彩乃。
どういうことだ?
「……わたし、先輩もてっきり準備に行くのかなと思ってたんですけど」
あっ、そっちか。
いやまぁ、そりゃそうか。裏方だし、目立たないし。
「だから先輩も、
「──おい! やっぱり前言撤回だ亜麻靡つくし!! オレたちのチームから抜けろ!!」
「残念だが、俺はそれには参加してない」
「えっ? 先輩寝てたんですか!?」
「ちげぇよ。面倒だから避けてたんだよ」
「──おい! 無視すんな!!」
「あぁ。まぁでも、別にいいんだけどな。俺がステージに立つのが最適解みたいだったし」
「……そぅ、ですか」
「──良くねぇよ! ぶっ殺すぞ!!」
やはり俺もてっきりステージの裏方に行くと思ったのか、なんだか残念そうに顔を俯かせる彩乃。
「あっ、でも──」
しかしそんな彼女が、突然恥ずかしそうな仕草を見せた。
「……せっ、先輩のステージに立つカッコイイ姿とか、見てみたいかも、ですっ」
……俺が、ステージに立つ、カッコイイ姿か。
「……ダメ、ですか?」
どういう訳か飛んできた、お
初めて向けられた友達のそんな視線に、俺はやや困惑しつつも、
「……いや、まぁ、別に、いいけど」
顔が熱くなるのを意識しないように、片言で『Yes』と返事した。
「──は!? ちょっ、ふざけんな!! 話聞いてなかったのか!? お前がいるとオレが迷惑だって!!」
……あぁ、くそっ。
なんで俺、彩乃にそんなこと言われなきゃいけないんだ。
なんで俺、それに『はい』って返事してるんだ。
らしくないことをしたと分かった瞬間、恥ずかしさのあまりに五感の全てが神経を失った気がした。
「おい、聞いてんか!!」
「──あぁ、聞いてたぞい。ぜーんぶな!!」
だけど変わらず聞いてきた男の声だけは、はっきりと聞こえた。
「ぽまえ、漏れの大親友とステージに立ちたくないらしいな?」
俺のクラス委員長、城田倫太郎だ。
「あぁ、そうだ! だからどっか別の場所に行くか、もういっそサボれよって言ってやったんだよ!!」
「……ほぉ、それは出来ない話だなぁ」
「……ちょっ、何すんだよ! くそデブ!!」
続いては、ラーテルの怯える声が。
それから同時に、城田倫太郎から怒りのオーラがひしひしと伝わってきた。
「悪いが『帝徳祭は絶対に来い』って、大親友と約束しててだな……」
「……だっ、だからなんだよ?」
「それにぽまえ、よくもまぁ漏れの大親友に をボロクソに言ってたみたいじゃねぇか? えっ?」
「……いや、それはその」
ついに戦意を喪失したラーテル。
鋭い爪は隠したのか。それとも切られたのか。どこにも見当たらない。
そして──。
「──二度と俺の大親友をバカにするな、自称陽キャが」
城田倫太郎はラーテルをぐっと持ち上げ、鋭い眼光で彼を威圧した。
ラーテルの威嚇とは比にならない、圧倒的な迫力で。
「──ということだっ、自称陽キャくん。次からは気をつけたまえよ?」
「……はい」
「あっ、あと良かったら漏れがいる『出店』と代わろうか? なんか漏れがいると、みんなが食物を荒らされるじゃないかって心配しててさ〜」
「……いや、それは別に──」
「──それに嫌なんだろ? 俺の大親友と一緒にいるの? えっ?」
「……じゃあ、お願いしますっ」
「かーしこまりー!! そりじゃあ帝徳祭、お互いにがんばリーリエしような!!」
「……はい」
こうしてラーテルは逃走。
その取り巻きも漏れず、彼のあとを追うように走っていった。
「──怪我はなかったかい? お嬢ちゃん?」
そしてすぐさま、何故か彩乃の元へ向かった城田倫太郎。
しかし彼の謎のイケボも
「おいこら、離れろ」
「あっ、やっ、また赤ちゃん抱っこ!! あぁ、幼児退行しちゃうのぉぉぉ」
そんな意味の分からないことを叫ぶ彼を自分の方に振り向かせた俺は、
「……さっきは、ありがとうな、委員長」
相も変わらず、目を逸らしながらボソボソとそう言った。
「いいってことよ! これも大親友の務めだからな!!」
「……そっか、でもありがとう」
だけど次の感謝の言葉は、ちゃんと目を見て言うことができた気がした。
「あっ、ところで──」
しかしホッとしたのも束の間。
彼の指さす方を見た瞬間、ヤバいと思った俺だったが、
「──この少女は、例のお友達かい?」
時すでに遅し、だった。
【あとがき】
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やっべ、見つかった。
だけど次回からは、つくしくんの過去に少し触れる良いお話。
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