第21話 悪くない①

「で? 何でお前までここに来たんだ……」

「当然だろう? 大親友なんだから」


 城田倫太郎と遭遇した後、俺の家には彼と彩乃がいた。

 ローテーブルを囲むように、隣には彩乃が、向かいには城田倫太郎がいる。

 ……なんなんだ、この配置は。


「あっ、えっと……、わたし、一年の道明寺彩乃と申しま──」

「つくしくんのクラスメイトにして大親友の、城田倫太郎だ。よろしくっ」

「……せんぱい、たすけて」


 誰得なのか分からない謎のイケボで迫り、無遠慮に彩乃の手を掴む城田倫太郎。

 その迫力に気圧けおされているのか、あるいは突然グイッとくるアプローチに怯えているのか。

 彩乃は彼から目を背け、あうあうと震えていた。


「こらこら、いきなり近付くな。気持ち悪い」

「ちょっ、今のは悪口じゃない!?」

「そう思うならニヤニヤすんな。気持ち悪い」

「……ふふっ」


 怯えていた彩乃から、クスリとした笑みが漏れた。


「お2人とも、仲良しなんですねっ」

「そりゃあ漏れたち、大親友だからね!!」

「肩を組むな。暑苦しい……」


 彼の腕をひょいと退けると、またも彩乃は「ふふっ」と微笑んだ。


「やっぱり、仲良しですねっ」


 ……別に、そんなんじゃねぇし。


「そういえばこの方って、先輩がこの前に言ってた方ですかっ?」

「えっと、なんだっけ?」

「一緒に野球観戦に行ったって言う」

「おぉ! 漏れのことを話してくれていたのか!! さすがは大親友!!」

「……違う。離れろ。いちいち近寄るな……」


 毎度毎度、圧が大きい城田倫太郎。

 彩乃が距離感掴めず近付くのとは訳が違う。


「そうか。そうかぁ〜。いやぁ、ついに亜麻靡あまないつくしにも友達ができたかぁ〜」

「彼女ができたみたいなノリで言うな」

「かっ、かの……っ!?」

「ちっ、ちがっ! そうじゃなくて──」


 口を滑らせた俺と赤面する彩乃を見て、城田倫太郎はガハハと笑い出した。


「しかし漏れは本当に祝福してるんだぞ? それはもう、一般男性が女性声優と結婚するくらいにはね」

「意味がわからん。てかアニオタのくせによくそんなたとえ出せるな」

「……あれ、何故だろう。涙が……」


 情緒不安定かよ。怖いよ、この男。


「しかしぽまえは……、誰とも関わらない一匹狼みたいな男だったからな……。優しさの欠片も無く見えると言いますか。わざと人を避けているように見えると言いますか……。いやぁ、長い道のりであった……」


「……あっ、あの」


 やたらと満足げに話す城田倫太郎に対し、彩乃は弱々しくも反論した。


「……先輩は、そのっ、優しいですっ。だからっ──」


 だけど──。


「そういうこと、言わないでください」


 その言葉は、目は、今までよりもずっと力強かった。


「……あぁ、ごめんよ彩乃ちゃん」


 誤解が無いようにと、城田倫太郎は言葉を加えた。


「もちろん漏れは大親友として、彼の優しさを重々に理解しているつもりだ!」

「……俺、お前に優しくしたっけ?」

「ちなみに、こうやって『べっ、別にアンタに優しくしたつもりなんてないから!!』的な可愛らしい一面を見せるところも理解している!!」


 本当に何言ってんだコイツ……。


「しかし、いくらこの男が優しくても、貼られたレッテルがそうさせないのだよ」

「レッテル……?」


 その言葉に首を傾げる彩乃。

 そんな反応が予想外だったのか、城田倫太郎は少し戸惑いを見せた。


「……あれ? あぁ、えっと……、ほら? アレだよ、アレ!! 彼って、見た目から怖そうなオーラが出てるでしょ?」

「いや、そんなことは、ないです……」

「……あぁ。だよね〜。じゃなくて、その、えっと……」


 助け船を求めているのか、こちらをチラチラ見ているのが分かった。


「彩乃がそう言ってくれるのは嬉しい。だけど周りがそれを認めてくれないんだ。分かるか?」


 だから俺は、彼の思いに応えるべくこう言った。


「そっ、そんなことありませんっ! だって先輩は優しくて、……その、勇敢で、……あと、かっこよ──」

「俺だって、彩乃は良い子だと思っている」


 それに言葉には出来ないが、正直めちゃくちゃ可愛いと思う。

 見た目も、中身も、仕草も。

 学校のことをよく知らない俺がこれを言うのは違うが、学校一の美少女だと思っている。


「だけど周りがそれを評価しないから、漫画の美少女ヒロインみたいに騒がれないんだ」


 これもまた言葉に出来ないが、おそらくそうなっているのは彩乃のネガティブな一面が原因なのだろう。

 学校での彩乃はよく知らない。

 だけど陰キャを自称して沈む姿を見るに、多くの人と接していないのだろう。

 ……あるいは俺と一緒で、独りなのかもしれない。


「分かるか?」


 下手くそなたとえだったからか、あるいは認めたくないと思っているのだろうか。

 彩乃は首を縦に振らなかった。


「……先輩の言ってること、わかりません」

「彩乃……」

「それに、やっぱりこんなのおかしいですっ!!」


 彩乃の思いは、両方だった。


「先輩は見知らぬわたしを、公園で助けてくれたっ。泣いてばかりだったわたしに、ずっと優しく声をかけてくれたっ!」


 だけど、と彩乃は言う。


「……さっきの人、先輩に怒ってた。後ろにいた人、先輩に怯えてた」

「…………」

「先輩は、何も悪くないのに……」


 何も悪くない、か。

 そんなことを学校で言ってくれるのはきっと、この場にいる二人だけだろう。


『ぶぶっ……』


 ポケットに入ったケータイがバイブした。

 画面を見ると、ラインの通知が。


『やっぱり彩乃ちゃん、知らないみたいだね』


 あぁ、分かってるよ。城田倫太郎。

 だけど、言えないんだ。

 ……言うのが、怖いんだ。

 だから変な喩えを言ってみせたりして、誤魔化そうとしたんだ。


 ──これを言ったら、友達が遠くに行くと思ったから。


 俺のことを優しいって言ってくれた彩乃を、裏切ることになると思ったから。


「教えてください、先輩。なにかあったんですか?」


 それでも彩乃は、恐る恐る聞いてきた。


「……いいのか? そんなこと聞いて」

「はい。聞かせてください」

「……俺のこと嫌いに、なるかもしれないぞ」

「嫌いになんか、なりませんよ」


 だけど彼女の表情は、何でも受け止める覚悟の表れは──。


「だって先輩は、友達だもん」


 ── まるで聖母のようだった。


「……ありがとう、彩乃」


 だから俺は、ゆっくりと言葉を紡ぐ準備をした。

 一文字一文字を絞り出す度に、喉の奥がじんじんと痛む。


「……実は、俺」


 そして顔を上げ、まっすぐと彼女の目を見つめた。


「……実は俺、があるんだ」


 あぁ、今の俺は、どんな顔をしているのだろう。



【あとがき】

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予告ですが、明後日はご多忙につき投稿をお休みします(かもしれない)。

明日は投稿するます!!

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