第22話 悪くない②

「実は俺、高校一年の三ヶ月は別の学校にいたんだ。元々はここから遠く離れた、帝徳学園の系列校出身で──」


 気付けば俺は、つらつらと言葉を並べていた。


「でも一年前、ちょっと警察沙汰けいさつざたを起こしちゃってな……」


 どうなってもいいやと言うように、幻滅すればいいと投げやりで。

 俺は自分の過去を遠慮なく話していた。


「色々あって、ついカッとなって。よその学校の生徒を殴ったんだ」


 いわゆるDQNを、俺が嫌いになった存在を。

 気付けば俺は、相手が号泣するくらいに殴っていた。

 その時の光景が、脳裏をぎる。


 薄暗い部屋の中で、光る鮮血せんけつ

 破瓜はかの血とは違う赤が、白いシーツを染める。


 後ろには騒ぎに駆け付けた外野と、警察の姿があって。

 初めて、人生に亀裂が入る音が聞こえた瞬間だった。


「──まぁ前科と言っても、彼は警察からおとがめを受けただけ。逮捕されたわけでもないし、罰金も懲役も無かったお」


 そんな俺をかばうように、城田倫太郎はまた付け加えた。


「……それでも、前科だよ」


 だけどそれは違うと、俺は弱々しく反発した。

 俺が犯したのは、れっきとした暴行罪だ。

 誰が何と言おうと、俺は人を傷つけたんだ。

 衝動に駆られて。怒りに任せて。


 ……そんな俺が、優しいわけがない。


「知ってるか? 彩乃。俺、みんなから問題児扱いされてるんだ」


 周りの言葉を、俺は代弁した。


「キレたら誰彼構わず殴りかかってくるヤバい奴だって。今まで悪い奴らとつるんで、未成年で酒とかタバコとかやって、たまには学校の美少女たちと無理やりヤってたって──」


 まるでダムを決壊させた濁流のように、言葉が激しく溢れ出す。


「それで問題ばっかり起こすから、親に捨てられてこの学校に来たって! 学校の罰則でこの学校へ島流しにされたって!!」


 あることないことを、掲示板みたいなところに書かれた。

 それが原因で、俺は編入初日から周りに避けられてきた。


 辛かったのかもしれない。

 大したことないと言い聞かせてきたけれど、そんなことはなかったのかもしれない。

 

 自然と荒くなった語気が、そう思わせた。


「……だから俺、一人なんだ。……教室で、ずっと独りなんだ」


 かつて何かと教室でクラスメイトに話しかけられていたことを思い出す。

 そんな彼らが、いわゆる陽キャなのか陰キャなのかは覚えていない。

 だけど当時は、とにかく俺に話しかける人が皆、無理にヘラヘラしているように見えたのだ。


 ……俺の機嫌を損なわせないように。


 だから距離を感じたのだ。友達とは言えない、遠い遠い距離を。


 ──…………。

 ──…………。


 そして、それを強く実感した瞬間があって。

 それでみんなの事が信じられなくなって……。


 そう思った頃には、俺の周りに誰もいなくなっていた。

 城田倫太郎の言う通り、誰も近付けないように自然とバリケードを張っていたのかもしれない。


「実は彩乃と会った日も、ヤンキーをタコ殴りにしたって噂されて……」


 ダメな奴だろと言い聞かせるように、惨めな自分をあざけるように、


「……どうだ? 俺、優しく見えないだろ?」


 俺は今、にへらと笑うことしかできなかった。


「──やっぱり」


 だけど彩乃の見せた笑みは、どこか安堵したかのようなものだった。


「──やっぱり先輩は、優しく見えますよ」


 はぁ……、何言ってんだ。コイツ。


「先輩が暴力を起こしたのは事実かもしれない。だけどそれを許しちゃいけないし、何も知らないわたしは擁護ようご出来ません」

「じゃあ、なんで?」


 なんで、俺みたいな奴が、彩乃には優しく見えるんだ? どうして俺みたいな奴に優しくするんだ?

 思わず、そんなことを聞こうとしていた。


「だって先輩、苦しそうだったから……」

「くる、しい?」

「はい。……なんか、罪を重く受け止めすぎて苦しんでるというか。……それでもちゃんと、わたしに打ち明けてくれたからというか」


 ぐちゃぐちゃになったおもちゃ箱を漁るように、懸命に言葉を選ぶ彩乃。


「とにかくっ、先輩は悪くないっ! 絶対に、悪い人なんかじゃありませんっ!!」


 だけどその箱から見つけた言葉を、彩乃は自信満々に言い張った。


「それに過去なんか、今はどうでもいいじゃないですか」


 まっすぐな瞳で。

 友達と言える、近い近い距離で。


「だってわたし、今の先輩が大好きだもんっ!!」


 その優しい言葉が、その懸命な表情が、俺の身体と心を弛緩しかんさせる。


 ──あぁ、俺は、その言葉が欲しかったんだな。


 彩乃ともだちの、その言葉を。ずっと、ずっと、求めていたんだな。


「……ありがとう、彩乃」


 気付けば俺は、そう漏らしていた。

 何も恥じることなく、すんなりと。


「わたしこそ、ありがとうございますっ。話してくれて」

「えっ?」


 こんなクソみたいな過去を。

 俺のことが嫌いになるかもしれない事実を。

 おかしなことに彩乃は、それらを打ち明けてくれたことに感謝を述べた。


「なんで?」


 そう聞くと、彩乃はクスリと笑った。


「だって嬉しいんです。友達のこと、友達の口からたくさん聞けましたからっ」


 なるほど、友達ってそういうものなのか。

 良かれ悪かれ、色んなことを。

 ネットの掲示板からじゃなくて、直接知れることが。

 彩乃にとっては、涙が出るほど嬉しいものなのか。


「あぁ、すみません、……あぁもぅ、なんで、泣いてるんだろう」


 そんな彼女が愛おしく見えたのか。そんな彼女に救われた恩を返したくなったのか。


「ありがとうな、彩乃。本当に、ありがとう……」


 いつの間にか俺の手は、隣に座る彼女の頭を優しくでていた。


「……へへっ、やっぱり先輩、優しい」


 友達は、可愛げのある声でそう言ってくれた。

 だけど自分は、まだそう思えない。

 だから俺は、強く思った。

 優しい友達が認める優しさを、他の誰かにも分かってもらおうって。


 彩乃にとって、自慢の優しい友達になろうって。


「うぅっ……、ええ話や。ええ話やないかぁ……」


 テーブルの向かいを振り向くと、もう一人も泣いていた。

 えっ、なんで関西弁??


「漏れは嬉しいぞ! 嬉しいぞい!!」


 そして城田倫太郎は、わんわん泣き出した。


「ずっと一人だったクラスメイトに、こんなに良い友達ができて!!」

「ぐぇっ」


 それから俺の肩を抱いたが、その勢いが強すぎて変な声が出た。


「だけどこれで漏れの役目が、唯一の大親友としてのポジションが無くなると思うと、それはそれで悲しいというか……。うわぁぁぁぁぁん!!!」

「……だから、離れろって!」


 無理やり引き剥がそうとするが、今日は何故かそれができない。


「そっ、それに、役目とかもぅどうでもいいだろ……」


 それでも何とか腕だけ持ち上げて、俺はぼそりとした声で言った。


「だって城田倫太郎。お前も……、友達だから……」


 そう言うと、城田倫太郎は俺たちを解放した。


「ぽっ、ぽまっ、お前ー!!!!!!」

「ぐぇっ」


 かと思いきや、巨大な肉弾がアメフト選手のごとく俺にタックルしてきた。


「この野郎! やっと言ってくれたかこの野郎!!」

「……ぐっ、ぐるしぃ」

「漏れは、漏れは今猛烈に感動しているぞっ!! 亜麻靡あまないつくしぃぃ!!」

「……離れろ。城田倫太郎……」

「城田倫太郎じゃない! 倫太郎と呼ぶんだ、大親友!! なんか知らんけど、いちいちフルネームで呼ぶのはしんどいだろう!!」

「……やめろ、潰れる。城田倫太郎……」

「城田倫太郎じゃない! 倫太郎だぁぁ!!」

「……わかった。離れろ。りんたろぉぉ!!!」

「離れないぞ! 離れないぞ大親友!!」


 泣きじゃくる倫太郎と、あははと笑う彩乃。

 俺の家に、友達が二人。

 この瞬間は、今までになかった暖かなものだった。


「……ふふっ、良かったですね先輩っ」

「……あぁ」


 本当に、良かった。

 





【あとがき】

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 あと申し訳ないですが、予告通り明日はお休みをいただきます。(明後日は投稿しますっ)

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