第17話 また明日

「先輩! ゲームしましょうよ!!」


 晩飯を食べ終わり、野球中継が終わってすぐのこと。

 据え置きのゲーム機を見つけた彩乃はすぐそれに飛びついた。

 そういえば彩乃のやつ、始めはゲームがやりたくて俺の家に行きたいって言ってたな。


「断る」


 しかし俺はいつの日かみたく、ピシャリと言い放った。


「えー!!」

「『えー!!』じゃない。今、何時だと思ってるんだ」

「えっと、夜の10時ですねっ」

「……だから、そういう事じゃなくてだな」


 こいつ、今どこで何をやってるのか分かってるのか?


「とにかく、もう遅いから帰れって言いたいんだよ」

「えー……」

「しゅんとしても駄目だ」


 夜の完全な密室で、異性と二人きり。

 普通に考えれば彼女の貞操がどうなるか分からない状況。

 それなのに、当の本人がそれを理解していないのだ。

 ……とはいえ、それを口に出すのも気が引ける。


「ほら、途中まで送ってやるから」


 これ以上、彼女を家に置いておくわけには行かない。

 俺はよいしょと立ち上がり、彼女の荷物を持ってやることに。


「……はぁ、つまんないの」


 そう言いながらも、俺の後をついてくる彩乃。

 今日は確か水曜日だったか。まだ平日の真っ最中だ。

 それなのに彼女の表情は、週末の終わりをうれう小学生みたいだった。


「あぁ、俺もそう思うよ」


 自然と、俺はそう答えていた。

 明日も平日。憂鬱な学校生活が待っている。


 ──だけど、ふと思うのだ。


 怠々だるだるとした平日があるから、ダラダラできる時間が格別なのだ、と。

 憂鬱な日々があるから、彩乃との時間がかげがえないのだ、と。


「ゲームは、また明日な」


 そう。だから自然と零すのだ。


 ──また明日、と。


 彼女と居るかけがえのない時間を、再び求めているから。

 どれだけ鬱蒼なことが待ってても、どんな明日になろうとも、ついつい言ってしまうのだ。


「はい、また明日っ」


 また明日、彩乃ともだちと会える。

 皆が小さい頃から知ってるその喜びを、俺は人生17年目にしてようやく理解できた。


「あっ、でも明日、先輩に会うまで待ち切れないから……」


 さぁここで帰ろうと思った瞬間。

 彩乃がクイッと俺の服の裾を掴み、上目遣いでこう言った。


「……ラインで、先輩と、お話したいなって」

「あぁ、分かった」


 こうして俺は、初めて友達と呼べる存在とラインを交換した。



 ○



「おい! 聞いたぞ! 見損なったぞ! 亜麻靡あまないつくし!!」


 大事なことを忘れていた。

 真由美さんに黙っておくよう念押しすべきだった。

 しかしそう思った頃には、既に俺の首が巨漢にぐわんぐわん揺らされていた。


「大親友の漏れを差し置いて、女の子とジムに行っただなんて! 大親友の漏れを差し置いて、三次元の女とイチャイチャラブラブするだなんて!! ……羨ましい!!」


 羨ましいんかい。

 てっきりぶちギレてるんかと思ったわ。


「どうせさっきもケータイ見てニタニタしてたのも、女とラインしてたからだろ!? えっ!?」

「……別に、ニタニタなんかしてないしっ」

「あー! 女とラインしてたことは否定しないんだぁー!」

「違うっ! ……てか、俺、イチャイチャ、ラブラブ、なんてしてないし、そもそもっ、アイツとはそんな関係じゃ──」


 揺らさながらも声を発するが、そうする度にどんどん揺れる強さが大きくなっている気が……。


「じゃあなんなんだ!? カノジョじゃなきゃ! 嫁じゃなきゃ! なんなんだぁー!!」

「……と、もだ、ち、だよ。友達……」


 ここでようやく、揺れが徐々に治まった。

 なんだか激しいアトラクションに乗ってたみたいでクソ気持ち悪い……。


「そうか。……そうか! ……ついに、漏れ以外に友達ができたのか!!」


 さっきまで狂ったように暴れていた城田倫太郎が一変。

 感激のあまり、涙を流し始めたのだ。


「そうか……。おめでとぅ……」

「んな大袈裟おおげさな。たかが友達ができたくらいで」

「その『たかが』ができなくて、一年間心配してたんだろうが! この野郎!!」


 マジか。俺、そんなにやばかったのか。


「一年前のぽまえは、とにかくずぅーんと沈んでて。誰とも話そうともしないし、近付こうともしないし。あと何かと言葉が刺々とげとげしいというか、目付きも悪いというか」


 おい今の悪口だろ。


「でもこの一年間、ぽまえはほんのちょっとだけ丸くなったというか。……ちなみに漏れも物理的に丸くなったというか?」

「おもんな」

「おい! 大親友の話はちゃんと最後まで聞けよ!!」


 もうすぐ購買の混雑が緩和される頃だろう。

 それを見計らって俺が教室を出ようとすると、城田倫太郎が「マジで最後にこれだけ聞いてクレメンス!!」と言って引き止めた。


「今度の帝徳祭! 一年前みたく不参加は許さんからな!!」


 ……帝徳祭、か。くそダルいな。

 確か今日の五限、それについて決めるんだっけな。


「了解。それじゃあまた明日な、委員長」

「いや、逃げるなし」


 くそっ、早く帰りてぇ。



【あとがき】

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次回は帝徳祭を前にしたクラスのお話ですっ。

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