第16話 愚か者に罰を②

「はぁ〜♡ なんかお腹空いてきちゃったね?」


 とある男の部屋で男女が二人きり。

 事後の花蓮かれんは、ゆっくりとシャツのボタンを締めた。

 シャツで隠れた黒いブラと、その奥の神秘。

 だけどそれを彼が知っているという優越感に、思わず笑みが零れた。


星成せな、何か食べたいもの無い?」

「……あ?」


 気だるそうに起き上がる彼。

 のどが張り付いた声を上げた直後、何とも可愛らしい答えが返ってきた。


「じゃあ、久しぶりにオムライスが食いたい」

「オムライス? ふふっ、いいわよ?」


 花蓮は、料理の腕前に自信があった。

 それはもう、クラスの女子の誰よりも。もちろん、あの陰キャなんて蚊帳かやの外だ。


「このエプロン、使っていい?」

「……あぁ。好きにしろ」


 彼に了承を得て、花蓮はピンクのエプロンを手に取った。

 彼の母親の物だろうが、関係ない。

 ここでの自分はまるで、彼の理想のお嫁さんだった。


「ふんふんふ〜ん♪」


 自然と鳴る鼻歌。そのメロディに乗って、たんたんと野菜を刻んでいく。

 その野菜をフライパンで炒め、その後に炊き上がったご飯を入れて味付けして、チキンライスが完成。

 我ながら、完璧な手つきである。


「はい、どうぞっ」


 テーブルの前で待つ彼の前に、花蓮は優しく皿を置いた。


「なんだ、これ」

「オムライスよ。見て分からない?」


 自信ありげに、ふふんと笑う花蓮。


「……星成?」


 だけど目の前の彼は、震えているように見えた。

 そして、彼は言った──。


「──作り直せ」


 ……は?


「ちょっ、何言ってんの? まだ一口も食べてないのに──」

「いいから、作り直せと言ってるんだ!!」


 突然の怒号に、ビクリと肩が揺れた。


「なっ、何言ってんの!? 何がダメなの!?」

「お前こそ何を言ってるんだ。こんなのはオムライスじゃない!!」

「こんなの……って。せっかく作ったのに!!」

「せっかく作った? これが? 薄っぺらい卵をご飯の上に乗せただけの安っぽいこれが? 笑わせんな!」


 雷が落ちたように、机を叩く音がドンと響く。


「……なっ、何それ。信じられない。オムライスごときで文句言う奴なんて思わなかったんだけど──」


 最後まで言おうとした瞬間、あろうことか花蓮は胸ぐらを掴まれていた。

 目の前には、牙のように鋭い彼の視線があった。


「そのオムライスごときを作れないお前が、この僕に逆らうのか?」

「ひっ……!!」


 ひどい。……怖いっ。

 花蓮の足は、ガクガクと震えていた。


「……ったく、それくらいスペックが良いなら、料理くらい作れるようになっとけよ!」

「きゃっ!!」


 怒りに任され、そのまま身を突き飛ばされた花蓮。

 床に尻もちを着く彼女に、星成は容赦なく罵倒を浴びせた。


「成績優秀。スポーツ万能。おまけにスタイルも良い上に、簡単に股を開く。……はぁ、せっかく僕にふさわしいと思ったのに、残念だ」

「……なに、それ」

「申し訳ないが、僕は将来の伴侶となりうる女しか愛さないと決めてるんだ。──だからお前は、用済みだ」

「……ちょっ、待ってよ!!」


 遠くへ行こうとする彼を懸命に呼び止める。

 しかし彼が足を止めた瞬間、アイツに見せたような邪悪な表情を見せてきた。


「そうだ。お前もセフレだったらいいぞ?」

「なっ……」

「……と思ったが、お前はもう飽きた。セフレ以下だ」

「……なに、それ」


 こんな奴だと思わなかった。

 白状で、我儘わがままで、ただ腰を振ることだけに夢中な猿だとは思わなかった。


「あぁ、そうだセフレ以下。お前、あのブスの大親友……なんだろ?」


 クスリと真っ暗な笑みを浮かべながら、彼は言った。


「そいつをもう一度持ってこい。そしたらセフレとして、仲良くなってやるよ──」


 彼のその姿に腹が煮えくり返りそうになったのか、いつの間にか彼の胸ぐらを掴んでいた。


「乱暴だな。アイツならそんなことしねぇぞ」

「……あの女の名前を出すな」

「は? 何言ってんのお前? 中学で独りぼっちだったお前の、唯一のお友達だろ──」

「違うっっ!!!」


 アイツはただの踏み台だ。アンタを手に入れるために利用しただけだ!

 それなのに、アンタは……。

 虚しくなって、花蓮ははらりと手を離した。


「もういい。アンタの人生、めちゃくちゃにしてやる……」

「は? どうやって?」

「決まってるでしょ。アンタの悪事を全部ぶちいて、アンタが最低なヤリ○ンだって言いふらしてやんのよ!!」

「何言ってんの? お前。僕と違って慕ってくれる人間が少ないのに? 誰も耳を傾けてくれなさそうなのに??」


 ハハハと、ゲームの悪役みたく嘲笑う彼。

 すると大きくため息を吐き、シッシッと払う動作を見せた。


「もういいよ、お前。さっさとここから出ていけ」

「……っ」

「あと、二度と顔見せんな。ビッチ野郎」


 悲しい。辛い。……悔しいっ。

 少女は涙を流しながら、彼の家から逃げ去った。


 ──あの愚か者に罰を。一生立ち直れないような天罰を。


 少女は何も見えない夜空に願うのだった。



 ○



 ──はい! オムライス! 星成くんのためにつくったんだ!!

 ──どう? 美味しい?

 ──……んっ。別に。


 いつの日か忘れたが、あの少女との記憶が蘇った。


「……っ、料理に自信があるなら、あの程度のオムライスくらい作れるようになれよ」


 男は、怒りに震えていた。

 花蓮の情けなさに。その情けない女を選んだ自分の目が狂っていたことに。


「……クソが」


 そもそもあの女がいけないんだ。

 アイツが花蓮より劣っているから。自分にふさわしくない陰キャなブスだから。

 だけどアイツが良いと気付いた瞬間、急にアイツが欲しくなった。


「……まぁいい」


 失ったものは、もう一度取り戻せばいい。そのためならば


「……っはは。待ってろよ、道明寺彩乃」


 必ずあの女を、もう一度手中に収める。

 必ず離れられないように、強く強く抱き締めてやる。

 真っ黒な石が埋め込まれた二つの指輪を握り締め、少年は一人、狂ったように笑っていた。






【あとがき】

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オム厨が、こっち来んな(切実)

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