第12話 慣れたら気持ちよくなるよ?

「それじゃあさっそく、始めようか!!」


 柔軟体操が終わってやる気満々の真由美さん。


「……うぅ、帰りたい」


 対する彩乃は、もう目に涙を浮かべている。

 さっきの柔軟でいじめすぎたからか。それとも運動嫌いな本能が、拒否反応を示しているのか。


「大丈夫、大丈夫」


 しかしここで真由美さんが、彩乃に優しく声をかけた。


「ダイエット頑張ったら、先輩をメロメロにできるよ?」

「……あっ、それは興味ないです。ていうか、わたし如きがそんなの無縁というか」

「えぇ……。いや、でもっ! もし彩乃ちゃんが可愛くならないと、他の女の子に先輩を取られ──」

「頑張りますっ!! お願いしますっ!!」

「えっ!? あぁ、うん? よろしく?」


 何を言ったかは知らないが、どうやら彩乃のやる気もマックスになったみたいだ。


「それじゃあまずはスクワットからしましょうか!」

「はいっ!!」


 しかしやる気のある人間ほど、見ていると不安になるのだ。

 たとえば「自分はできる!」なんて自信過剰になったり、


「えっ? 彩乃ちゃん、その重さで大丈夫? 平均よりちょっと重いよ?」

「はいっ! わたしみたいな運動不足な引きこもり陰キャは、平均で満足しちゃいけないんでっ!」


 あるいは、そんなことを言って変に自分を奮い立たせたりして──。


「んっ……、あぁっ……、んん〜っ……」


 結局、すぐさまを上げてしまうのだ。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


 ……だけど、なんだろう。


「ほらほら、まだまだこれからだよ!!」

「んっ……、んんーっ! はぁ、はぁ……、はぁ…………」


 息を吸ったり、吐いたりする度に。

 彩乃の口から聞いたことのない、ややセンシティブな声が鼓膜を震わすのだ。

 俺は、一体どこで何をしていると言うのだ……?


「ほらほら、まだ腰の位置が高いよ!?」

「あっ……、らめっっ……。これ以上はっ!! いっっ!!」

「はい、腰下げて〜。上げて〜」

「あぁっ! ……はぁはぁ。……んっ! んんっ〜……」

「はいラスト! 限界に挑戦しようか!!」

「あっ、やだっ! ムリムリムリっ!! これ以上はだめーっ!!!!」


 決して広くない部屋に響く、少女の叫び声。

 だけどその声は男には毒なのだろうか。周りの皆が彩乃から目を背けていた。

 もちろん御多分に漏れず。俺もその一人だ。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……。ホントに……、ムリ……」


 足をガクガク震わせて横たわる彩乃。

 そんな彼女を見た真由美さんが、悪魔の笑みを浮かべながら近付いてきた。


「すご〜い! 彩乃ちゃん、びしょびしょだね〜♡」

「はぁ……。やだっ……、見ないでくだしゃぃ……」

「ふふっ……、やだやだ言うくせに、身体は正直なんだね?」

「……言ってる意味が、分かりまひゃっ!! ちょっ、そこっ、触らないでぇ……」

「ほらほら、ピクピクしてるっ♡ 脚が喜んでる証拠だよ??」

「はぁ……、はぁ……。えっ? うそっ。やだやだやだ──」

「はーい、休憩おしま〜い♡」


 変なやり取りをした挙句、赤ちゃんを持ち上げるように無理やり彩乃を起こす真由美さん。

 その笑顔は、口調は、まさに幼気いたいけな少女を脅かす存在のもので。

 なんだか俺は、イケないものを見せられている気分になった。


「あれ? つくしくん、どこ行くの?」

「いや、俺は個別でやるんで。あとは二人で──」

「やっ……! せんぱぃ、たすけて!!」


 助けてって言われてもなぁ……。


「ともだち、……ですよね?」


 ……いや、それ以前に理性が耐えられない。


「……がんばれっ!」


 だから俺は、苦し紛れにグッドサインを送ることしかできなかった。


「……えっ。うそっ? ……やだっ。せんぱぃ、助けて──」

「さぁ頑張ろう彩乃ちゃん! 最初は痛くて苦しいけど、慣れたら気持ちよくなるから!!」


 おまけに真由美さんからもグッドサイン。


「うぅっ……、もぅやだぁ……」


 だけどそれは、彩乃を泣かせるトリガーになってしまった。

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