第11話 柔らかい

「おっ、いらっしゃ〜い」


 スポーツセンターに併設されたトレーニングジム。

 そこで受付をしているポニーテールの女性が、ひらひらと手を振った。


「おはようございます、先輩」

「おはようございますって、バイトじゃないんだから〜」

「すみません。くせで」


 俺の言葉に「つくしくんらしいね」と笑う女性は、城田真由美しろたまゆみさん。大学二年生。

 俺が働くコンビニの先輩で、このスポーツセンターでも働いている。

 ちなみにお察しの通りアイツの姉だが、すらっとした体型と清涼感のある風貌がそれを思わせない。


「そういえば今日はこっちなんだね。いつもは瞳美ひとみと別のジムに行くのに」

「今日は別の連れと一緒で。あそこは姉さんが同伴じゃないと行けないんで」

「ということは、瞳美と一緒じゃないんだ。シスコンのくせに珍しいね」

「シスコンって言うの、やめてください……」

「ごめんごめん〜。逆にアイツがブラコンだったね〜」


 姉さんと真由美さんは同じ大学の友達で、二人でシェアハウスをするほどの仲だ。

 姉さんも俺も、親元を離れて暮らしている。

 しかし何故か父さんが俺と姉さんの同居を反対したため、今の形にあるのだ。


「ところで……、連れってあの子?」


 目を細める真由美さん。

 目線の先には、遠くで顔だけ見せる彩乃がいた。


「あっ、隠れちゃった」

「何やってんだ、アイツ……」



 ○



「改めまして! ここの受付とインストラクターをやらせてもらってます。城田真由美しろたまゆみです!」

「あっ、はいっ。道明寺彩乃どうみょうじあやのですっ。……よろしくお願いします」


 キラキラ眩しい真由美さんと自称陰キャの彩乃。

 一方は握手を求めるが、もう一方は目を逸らし、恐る恐る手を伸ばしている。


「うんうん! よろしくね!!」

「……陽キャ、怖い」


 大丈夫だぞ、彩乃。この人は怖くないから。


「……ていうかつくしくん、どういうこと!? えっ? お姉ちゃん以外の女の子連れて来るなんて珍しいじゃん!!」


 小声でニヤニヤと話しかける真由美さん。

 まぁこの人のことだ。次はこう聞いてくるだろう。


「……もしかして、彼女──」

「友達です」

「即答かよ」


 そんな、あからさまにがっかりされてもなぁ……。


「でも、ワンチャン好きだったりしないの? めちゃくちゃ可愛いし。……おっぱいも大きいし?」

「……っ、それは、関係ないでしょ」


 スポーツウェアのせいで、より大きく見える二つの双丘。

 それを忘れようとしていたのに……。


「さて、時間も限られてるし早速始めましょうか!」

「あっ、はい、よろしくお願いしますっ」


 真由美さんの寄り道があれど、ようやく始まったトレーニング。

 まずは怪我をするといけないということで、軽いストレッチから始まった。


「おぉ……、先輩、柔らかい……」


 長座からの前屈をする俺の姿に感心する彩乃。

 今では足の指が簡単に届くが、筋トレを始めた当初は実にひどかったものだ。


「でもつくしくん、去年はすねを触るのに精一杯だったんだよ?」

「それが一年で……。先輩、すごいですっ!」

「開脚すると……、ほらっ!」

「すごい! ひじが地面についてます!!」


 ……見世物みせものじゃねぇぞ、俺は。


「これも最初はてのひらを地につけるので精一杯だったのにねぇ」

「……誰のせいでこうなったか、分かってるくせに」

「あははは! ごめんごめん〜」


 もたかるように俺の背を押す真由美さんと、力ずくで俺の背を押す城田倫太郎。

 この柔軟性は、害悪姉弟の賜物たまものと言っても過言では無い。


「……ねぇ彩乃ちゃん。ちょっとつくしくんの背中、押してみてもらっていい?」

「……えっ?」

「何考えてるんですか、真由美さ──」

「こらこらつくしく〜ん。まだ柔軟足りてないんじゃないのぉ〜?」

「うぐっ……」


 上体を起こそうとする俺を片手で押さえる真由美さん。

 くそっ、この姉弟。筋力までぶっ壊れてやがる……。


「……ほらほら、彩乃ちゃん早く。思いっきり押してあげて?」

「……じゃあ、失礼しますっ!」

「ちょっ、彩乃!? 待てっ!!」

「つくしく〜ん、がんばれ〜」


 背中から伝わる柔らかな双丘。

 それを遠慮なく押し付けられる俺の姿を、真由美さんは面白おかしく眺めていた。


「おぉ、すごいです! 先輩、胸が地に付きそうですよっ!!」

「……ぐっ、うぉぉ。……すみません。ギブで」


 俺が白旗をかかげると、彩乃はすんなりと離れた。

 ……くそっ、色んな意味で死ぬかと思った。


「なぁ、彩乃」

「……あっ、はい」

「──座れ」


 俺の言葉にびくりとする彩乃。

 だが容赦はしない。


「あのっ……、やさしくお願いしますね──」

「ダメだ」

「……んっ。あっ、やだっ。らめっ!」

「変な声、出すなっ」

「……ちょっ、あっ、やだやだやだっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」


 同じく開脚する彩乃の背を、俺は思いっきり押してやった。

 まぁどれだけ押しても、指が地面に触れることは無かったが……。



【あとがき】


筋トレって、初めは痛いですよね。

でも慣れてくると、気持ちよくなるんですよ。(何言ってんだコイツ)

次回は、彩乃ちゃんがもっと気持ちよくなります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る