第10話 今度はどこに行こう?
あれから一週間以上、俺たちはネットカフェに通う日々が続いた。
半ば密室で漫画を読んだり、たまには同じ漫画を読んで魅力を共有してみたり。
野球がある日はリビングルームにあるテレビで観戦したり。
その時間一つ一つが、とにかく格別だった。
いつも独りで好んで過ごす俺にとって、不思議と心地良い時間だった。
「……はぁ」
だけど自分が教室にいると分かった瞬間、華やかな日常はすぐさま色を失うのだ。
また退屈な日常を過ごさなきゃいけない。これを切り抜けないと、彩乃と会えない。
……めんどくさいな、学校。
そう思い、ふわりと欠伸をした瞬間、
「どしたん? 話聞こうか!?」
隣からいつもの声が聞こえてきた。
教室で何度もかけられたこの言葉。何度も見てきたドヤ顔。
今日も横には、相変わらず城田倫太郎がいた。
「なんだよ?」
「いやぁ〜、大親友のぽまえが珍しくニヤニヤしてたからなぁ〜。それはもう、絶妙に気持ち悪かったぞぉ〜」
「──シロリンよりはマシだと思うぞ〜!」
突然聞こえた外野の声。それにすぐさま反応した城田倫太郎は「んなっ!?」と驚く様子を見せた。
今日も委員長、いじられてやがる。
「なんたる侮辱!! だがしかし、これがまた絶妙に心地よい……っ!!」
「──ハハハッ! やっぱりシロリンは今朝も気持ち悪いな!!」
「なんか元気出たわ!!」
女子からの評価はお察しだが、男子からはやけに人気な城田倫太郎。
その要因は委員長としての人望だったり、いじられキャラとしての愛されぶりだったり、様々だが。
やはり一番大きいのは、誰にも分け隔てなく接するところだろう。
そして俺もまた、アイツにとっては『誰か』の一部で。
……だけど。
── その人、絶対大事にした方がいいですよ?
……そうだな。彩乃の言う通りだ。
「なぁ、城田倫太郎」
「おっ、なんだい? 大親友!」
「……えっと、その」
だからだろうか。
恥ずかしながらも、こんなことを口走っていた。
「……なんていうか、あっ、ぁりがとぅ」
「……えっ? 何が?」
「……なんでもない」
「え〜っ? なんだよぉ〜? 大親友の漏れに教えてくれよォ〜??」
「だから、なんでもねぇし! てか離れろ! 暑苦しい!」
やっぱりこの男は、ただのウザいお人好し委員長だ。
○
「さぁ、今度は先輩の番ですよっ!!」
放課後に出会って早々、開口一番に彩乃は言った。
「……なにが?」
「だからぁ、『お互いのやりたいことに付き合おう』って話じゃないですか。もう一週間以上もネットカフェに通ってばかりじゃないですかっ」
「『お互いの』とは言ってないだろ」
「いや、言いました! 言ったかもしれません!!」
「……どっちだよ」
まぁ、どっちでもいいのだが。
「俺はいいよ。彩乃の『やりたいこと』に付き合えたら、それでいい」
「先輩が良くても、わたしが良くないですっ。『やりたいこと』を分かち合うのが友達でしょ?」
「まぁ、そうかもしれないけど」
彩乃が食い下がるので、そこは一つ、友達の言うことに従うことにしよう。
「とはいえ俺、別にやりたいことなんて無いんだけどなぁ」
「じゃあもしわたしがいなかったら、今日は何する予定でした?」
聞かれて、俺は指折りしながら今日の予定を口にする。
「えっと……、家で寝て、勉強して、ゲームして……」
「じゃあ、ゲームしません──」
「──ダメだ」
彩乃が家に来る。
その事実に拒否反応が出たのか、反射的に即答する俺。
「え〜、なんでですか?」
「だって、家散らかってるし」
「それなら、わたしがお掃除に──」
「それも遠慮する。あんまり手を
……それに、彩乃は異性だ。
いくら友達とはいえ、異性を一人暮らしの家に呼ぶなんて簡単にできない。
てか仮に家に呼んだとして、また彩乃に赤面されるのも困る。
「じゃあ、ゲーム以外に何か予定は?」
「ゲーム以外かぁ……。ゲームをやった後は、日課の筋トレをしにジムへ──」
「それだ!!」
筋トレ。ジム。
それらの言葉に、彩乃がグイッと食いついた。
「わたし、友達とジムに行ってみたかったんですよ! だってほら、こんな貧弱でヒョロヒョロな陰キャが一人でジムに行ったら笑われるじゃないですかっ?」
「貧弱、ヒョロヒョロ、ねぇ……」
その割には、出るところはしっかり出ているような。
「それにわたし、ダイエットしたいなと思ってて」
「貧弱でヒョロヒョロじゃなかったのか?」
「いえっ、それでもお肉を減らしたいのですっ!! ほらっ、二の腕とか。触ってみます?」
言われて、俺は彩乃の二の腕を触ってみた。
指で押すと程よい弾力が感じられる、心地よい柔らかさだ。
「まぁ、ジムくらいならいいか」
「ホントですか!? じゃあ着替えて来るんで、場所教えてください!!」
スタスタと軽い足取りで家路を走る彩乃。
揺れるスカート、弾む襟足。
それらは公園で泣いていた頃には見せなかったであろうもので、俺を安堵させるには十分だった。
【あとがき】
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