第13話 世話焼き彩乃の恩返し①

「うっ、ぐぬぬぬ……」

「ほらほら、まだまだこれからだよ彩乃ちゃん! 頑張って!!」


 今度はマシンのベンチプレスと奮闘する彩乃。

 真由美さんの補助付きで、一番軽い重り。

 だけど彩乃にとっては重すぎず軽すぎず。これがかなり効果的に見えた。


「はぁ、はぁ……。あぁ……!!」


 いや、ダメだ。

 どう頑張っても、変な声出しやがる……。


「ほら、がんばって! ひっひっふー!!」

「ひっ……、ひっ……、ふぅ……」


 それでもなんとかサポートする真由美さん。だけどその掛け声、たぶん間違ってる。


「さぁラスト10回! 今度はもっと奥まで下げようか!!」

「やっ……、いやっ……」

「またそんなこと言っちゃってぇ〜。ほら? 今度は胸が喜んでるよ?」

「……ちがっ、そんなことにゃぃ」

「さぁさぁ、お姉さんがもっと気持ちよくさせてあげるからっ!!」

「ぃやっ! 奥ダメぇ!!!」


 ……俺、もう帰ろうかな。


「はい、お疲れ様〜♪」

「はぁ……、はぁぁ……」


 真由美さんのメニューを無事乗り越えた彩乃。

 ストレッチマットで倒れ込むその姿はまるで、何とは言わん事後みたいだった。


「ふふっ……。彩乃ちゃん、いっぱい出たね♡」

「汗が、ですよね」

「いやいや、ドーパミンだよ」


 どっちでもいいから、紛らわしい言い方マジでやめてくれ……。

 周りで動揺する人たちを見て、俺は頭を抱える他なかった。もうこの人嫌い。


「つくしくんもお疲れ様! いやぁ、相変わらず引き締まった身体してるわね〜」

「真由美さん、くすぐったいんで止めてください」


 無遠慮に俺の腹と腕を触る真由美さん。

 しかしいくら止めてと言っても聞かないから、日常茶飯事になっている。


「これはもう、海とかプールに行く時は要注意ね」

「は? なんで?」

「そりゃあ、ねぇ〜?」


 いや、ニヤニヤされてもピンと来ないんだが?


「……そうだよね、彩乃ちゃん?」

「はぁはぁ……。……それは」


 また俺を差し置いて二人で話す女子たち。


「……でっ、でも先輩とわたしは友達というか──」

「……はいはい、そうだねぇ」

「……でもっ、取られたくないし。気をつけますっ」


 本当に、何の話をしてるんだ。



 ○



「彩乃ちゃ〜ん! また来てね〜!!」

「……あっ、考えておきま──」

「また行きまーす」

「ちょっ、先輩!?」


 真由美さんに見送られ、俺たちはスポーツセンターを後にした。


「彩乃は『ダイエット』の目的でジムに行きたいと言ったんだろ?」

「そっ、そうですけどっ! でも真由美さんは──」

「俺だったらもっと厳しくなると思うぞ?」

「わーいまゆみさんだーいすきー」

「引き続き、頑張って行こうな」


 ……まぁ、真由美さんは俺以上に問題あるけどな。


 とはいえあの人が指導することによる効果はよく知っている。

 女性はモデル顔負けのボディを手に入れ、男性はプロ野球注目の二刀流に大変身だ。

 あんな教え方だが、努力は間違いなく裏切らせない。城田真由美とは、そういう人なのだ。


「……そういえば今日、なんだか不思議でした」

「不思議?」


 俺が首を傾げると、彩乃がちょっぴり嬉しそうに呟いた。


「今までのわたしだったら、真由美さんのトレーニングを最後まで頑張れなかったと思います。でもっ、今日は苦しかったけど、なぜか最後までいけるような気がしたんですっ」

「そりゃあ、真由美さんのトレーニングがそういうものだからだろ」


 そうは言ったが、彩乃は首を横に振った。


「たぶん、友達と一緒だから、頑張れたのかな……なんて、思いましたっ」

「……バカ言え」

「いえっ、ホントですっ。だって辛かったけど、先輩を見てたら、自然と力が湧いてきたんですっ」


 そんなの気のせいだ。

 そう言いたいところだったが、俺にも思い当たる節があった。

 今日持ち上げた、一番重くて120キロのウエイト。城田倫太郎の体重よりも、ずっしり重いウエイト。

 だけど頑張ってる彩乃を見る度に、そんな彼女と目が合う度に。

 そのウエイトが、実際の数字よりも軽くなったような気がしたのだ。


「やりたいことを一緒にやるって、いいですねっ」


 そうか。これもまた、誰かとやりたいことを分かち合う魅力なのか。

 ネットカフェの時もそうだが、やっぱり友達と一緒にいる瞬間は、格別かもしれない。


「ということで、頑張った我々はこの後焼肉に──」

「ダメだ。俺は帰る」

「えー!!」


 しかし独り身に慣れすぎたせいか、一人でいる時間が恋しくなってしまった。

 彩乃には申し訳ないが、俺はそういう人種みたいだ。


「そういえば先輩って、晩御飯何食べるんですか?」

「別に、何でもいいだろ」

「良くないです! だって先輩、筋肉質のくせにガリガリだし!」

「……それは、関係ないだろ」

「じゃあ、何食べてるんですか?」

「うっ……」


 やたらと俺の食事事情を気にする彩乃。

 母親みたいな彼女に観念して、俺は小さく答えた。


「……今日は適当に、カップ麺とサラダチキンを買って終わりだが」

「ほら、やっぱりちゃんと食べてない!」

「……別にいいだろ」

「よくありません! だって先輩、一人暮らしだし。……友達がそんな食生活だったら、心配じゃないですか」


 彩乃のやけに悲しげな声に、俺は思わず逡巡した。


「ということで先輩、今からお買い物に行きましょう!」

「えっ? それならお前と焼肉で──」

「あと、キッチン借りていいですか!?」


 買い物? キッチン? どうしてこうなった!?


「いや、悪いよ。そこまでしてもらうのは──」

「いえっ、友達の食生活を助けるのがわたしの役目! 料理は自信あるんで任せてくださいっ!!」


 遠慮する俺に食い下がる彩乃。ダメだ、話が一向に通じない。


「それに、まだ初めて会った時のお礼ができていないんで!!」


 だがこれを言われてしまっては、断ることができない。

 どうやら今日は、まだ彩乃と一緒にいることになるみたいだ。




【あとがき】

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次回からは、ちょっと温かいお話ですっ。

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