第14話 世話焼き彩乃の恩返し②

 スーパーで買い物。それもカートを引きながらなんて、いつぶりだろうか。


「先輩って、何かアレルギーありますか?」

「いや、特にないけど」

「それなら良かったですっ」


 隣には、楽しそうに野菜を手に取る友達が一人。

 しかしそれが異性だと意識した瞬間、どうも友達じゃない何かに見えて目を逸らしたくなる自分がいた。


 ……これじゃあまるで。


 しかし彼女は最近、散々な失恋をしたのだ。恋愛なんて意識させるのは酷だろう。


「……でも」


 彩乃って、今から俺の家に来るんだよな?

 一人暮らしの、男の家に。

 過去に一度だけ異性とのやり取りはあったが、その異性を俺の家にあげる事態は初めてだ。

 レジの行列に並んだ瞬間、掌にじわりと汗がにじみ出た。


「お会計、──です」

「あっ」


 気付けば、彩乃が財布からお金を取り出そうとしていた。


「いいよ。俺が払う」

「えっ、これもわたしの恩返しの一貫というか──」

「さすがに金銭的な負担まで背負わせられん。いくらなんでも返しが大きすぎる」


 そう言って俺は、カードを店員に渡した。

 買い物袋も持とうとしたが、もちろんそれも自分が手に取った。


「あっ」


 そういえば彩乃って、俺の家に来るんだよな?

 またも思い出したこの事実。

 しかし頭に浮かんだのは、異性が来るドキドキよりも重要なものだった。


「彩乃、100均も寄っていいか?」

「もちろん構いませんが、何するんですか?」


 きょとんと左に首を傾げる彩乃に、俺は恥ずかしげに答えた。


「……ウチ、キッチン用具が何もないんだ」


 この言葉に、彩乃は首を右に傾けた。



 ○



「先輩って、本当に料理してないんですねっ。まさか、いつもカップ麺とサラダチキンの生活なんですか?」

「……いや、あとは外食をたまにしたり、まれに真由美さんから作り置きを貰ったり」


 100均で包丁やまな板を選ぶ彩乃に、俺は悪い事をした子どものように答えた。


「それは、友達として見過ごせないですねっ」

「……すみません」

「もしかして、食器も無いとか?」

「……すみません」


 俺の生活が普通じゃないことは、薄々気付いていた。

 家に帰れば飯がある生活。

 それを羨ましいと思ったことは何度もあった。


「もしかして先輩、……料理作れないとか?」

「あぁ、全く作れん」

「もしかして開き直ってます?」

「……かもな」


 料理が作れないことを、城田倫太郎と真由美さんに打ち明けたことがあった。

 そしたら「マジかよ!?」と驚かれながら、ゲラゲラ笑われたものだ。まぁ、それが普通の反応なのだろう。


「もぉ、仕方のない人ですねぇ〜」


 しかし彩乃は呆れ笑いを浮かべるが、


「それならわたしが、先輩のために美味しいご飯を作らないといけませんねっ!」


 その後に浮かべた笑みは誰よりも優しく、誰よりも可愛かった。


「……ところで、彩乃」


 カゴの中を見て、俺は抱いたある違和感を指摘した。


「なんで食器が二つもあるんだ?」

「えっ? そりゃわたしも食べるからですよ」

「あぁ、なるほど……」


 ……って。


「おい待て! それにしては多すぎないか!?」


 カゴの中に入った二人分の食器。

 それらは間違いなく、今日使う分だけにしてはかなり多かった。

 今日は何を作るか分からない。しかし洋食か和食か、どっちかなのは間違いない。

 それなのにカゴの中には、和食器と洋食器が多く入っていた。


「……まさか、俺の家に入り浸るつもりじゃ?」

「入り浸る訳ではありませんっ! まともな食事を摂らない先輩のために、頻繁に料理を作って一緒に食べようかなと!」


 いや、入り浸るのとあまり変わらない気がするんだが。


「じゃあ聞くが、彩乃の恩返しってのは、何なんだ?」


 俺はてっきり『ご飯を作ってあげること』が彩乃の恩返しだと思っていた。


「えっ? 『ご飯を作ってあげること』ですけどっ?」


 なるほど。

 世話焼き彩乃の恩返しは、どうやらかなり過剰みたいだ。



【あとがき】

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次回、ついに彩乃ちゃんが亜麻靡家あまないけへ!!

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