第2話 涙の真実①

「──あのっ」


 バイト帰りの午後10時。

 例の公園にて、今度は彼女から話しかけてきた。


「……その、傘、ありがとうございました」

「えっ? あぁ、どうも」


 律儀な子だ。

 しかしどうせ、また同じブランコで泣き出すのだろう。

 そして俺が話しかけても無視。そのまま長時間、泣きじゃくりながら居座るのだろう。


「……あの、良ければお話、聞いてくれますか?」


 ところが、一ヶ月と一日目にして大きな変化が見られた。

 ようやく、彼女が涙の真実を打ち明けようと言い出したのだ。


「俺なんかで、本当にいいのか?」


 今更ながら、そう聞きたくなってしまった。


「はい」


 しかし彼女は柔らかな笑顔でそう答えた。


「よく考えたらこの前のDQNよりキモいことしてたけど、いいのか?」

「はい」

「……なんで?」

「だってお兄さん、優しいし」

「いや、俺は別に……」


 優しい、か。

 聞き慣れない言葉が耳に入ったせいか、なんだかこそばゆい。


「おとなり、どうぞ」


 促され、俺はいつもみたくブランコに腰掛けた。

 俺の肩あたりに位置する、彼女の頭頂部。

 しかし今はそれがかなり俯いているのか、いつもよりも下にあった。


「実はわたし、先月彼氏に振られたんです」


 涙の真実として、よくある導入だった。

 まぁ彼女、顔立ち整ってて可愛いし、彼氏くらいはいるか。


「……まぁ振られたっていうか、横取りされたんですけどね」

「はぁ!? なんだよそれ!!」


 怒涛の展開。しかも、俺の大嫌いな展開。

 これにはさすがに、激昂して立ち上がる他なかった。


「横取りって……、相手は!?」

花蓮かれんちゃん。……わたしの、友達で」


 目を潤ませながら、彼女は懸命に言葉を紡ぐ。


「……唯一の友達だったんです。わたしのこと、応援してくれたのに。でもある日、彼の家に行ったら……」


 しかしそこで言葉は途切れ、彼女は大粒の涙を流し始めた。


「……わたし、彼のこと、幼稚園の頃から好きで、それで、ようやく付き合えたのに」


 長年思いを寄せてきた幼馴染。

 それを唯一の友達に奪われてしまった。


 ──孤独。


 それも、暗闇のどん底に一人でいるような。

 この子は彼氏だけでなく、親友まで失ってしまったのだ。

 きっと彼女の心の傷は、俺の想像を絶する程にぐちゃぐちゃなのだろう。


「…………うぅっ」


 これ以上、彼女は何も話さなくなった。

 もう話す気力が無いのだろう。


「そうか、大変だったんだな……」


 自然と、俺の声も沈んでいた。

 心がじくじくと痛む。立っているのもしんどくなって、俺は再びブランコに腰掛けた。

 彼女の痛みや絶望が伝播したのか。


 ……あるいは──。


 くそっ、これだからNTRは嫌いなんだ。


「……あのさ」


 正直、今はリアルのNTR被害者を目の当たりにしたせいか、頭が刺すように痛い。

 それでも彼女が放っておけなくて──。


「俺なんかで良ければ、何か手伝えないかな?」


 気付けば、らしくないことを口走っていた俺。

 もちろん、隣の少女は豆鉄砲を食らったはとのような顔をしていた。


「嫌ならいいんだぞ? 一応俺、キミにとっては赤の他人だし」

「あぁ、いえ! お兄さん、本当に優しいんだなって思って……」


 優しい、か。

 またも言われたその言葉を反芻していると、


「──じゃあ」


 おもむろに、彼女はブランコから立ち上がった。

 そして俺の前で腰を下ろし、縋るように俺の手を握る。


「わたしの復讐を、手伝ってくれますか?」



【あとがき】

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