白い穴
鏡と穴
鏡と穴
その穴は懐かしいような場所へと連れて行った。
草木も眠る丑三つ時、僕は腹が減って目覚めた。
そういえば、今日ほとんどものを口にしていないな。いや、もう日を跨いでいるから昨日なのか。
布団から起きて、部屋の隅にある腰までの大きさもない、小さな冷蔵庫を開けて中を見るが、ほとんど腹に溜まるようなものは見つからない。
なんだか急に面倒くさくなって布団に倒れ、何とか腹の虫を無理矢理鳴き止ませ、再度眠ろうとするが、今度は仕事の事が気になって、眠れなくなってしまった。
僕の仕事というのは、本を書く事だったりするのだが、最近というか、ここ数年というか、どうも話が上手く書けないのだ。それでも毎日欠かさず、この6畳しかない家でせっせこせっせこ筆をとり、文を繋げ、話を紡いでいるわけなのだが、少しもこのボンクラ頭からは、アイデアが湧いてこない。作家としてデビュー直後はそりゃ天才作家だ。100年になんちゃらの作家だ。なんて言われはしたものの、数年なにも書けない作家からは人は離れていく。そういうものだ。
はあぁ。大きくため息をつき、ゴロンと身体を転がすと目の前に化粧用の小さい鏡が視界に入った。確か、骨董屋で何かを感じて、ネタになると思い即購入したが、特に何もなく、そのまま三ヶ月は放置している鏡である。
古ぼけた鏡面は僕の姿を映している。
じぃーと眺めていると、鏡の世界の僕がニコッと笑ったような気がした。
え?僕、今笑っていたか?と不思議に思い、目を擦りもう一度鏡の中を覗こうとした時に既に鏡はなかった。
その代わりに鏡があった空間に大きな白い穴が空いている。
僕はあまりの突然のことに恐怖を覚えたが、僕のボンクラ頭は本当に単純なのか、頭のなかにネタになるかも知れないという考えが浮かんだ瞬間に恐怖は吹き飛び、逆に好奇心すら湧いてきていた。
穴に近づき、指先を入れてみる。特に反応はない。
もう少し手をいれ、手首まで穴に入れる。特に反応はない。
もっと手を奥まで伸ばして、腕まで入れてみる。
すると、グイッと何かに引っ張られる。その力は強く、飯をたまにしか食っていない僕の軟弱な身体では耐えられない。
そのまま僕は穴の中に全身が入ってしまった。
白い穴の中に引き摺り込まれた僕の視界に入ってきたのは、古ぼけた商店街だった。辺りは穴の外と同じで、夜なのか、商店街の照明以外は真っ暗で、人は一人も通っていない。この穴の特徴なのか、それとも真夜中だからなのかは知らないが、商店街の店は全てシャッターが閉まっていて、カラフルなイラストが描かれたものや、電話番号だけ書かれたものなど色々な種類のシャッターが降りている。
ただ、何の店もない状況でも、何故か「ここは何か懐かしい感じがする。」そう思った。
僕は帰って話を書かなければいけない事を思いだし、何か帰る方法を探すためにゆっくりと商店街の真ん中をタピオカミルクティーの店や、よく分からない機械のケーブルの店を横目に進んでいく。明るい道をどんどん進んでいく。
そこそこ歩いたかなというところで、商店街が途切れている事が分かる。商店街の先は真っ暗で何も見えない。不安でいっぱいでこのまま立ち止まってしまおうかという気持ちになってくる。それでも進まなければ、どうにもならないと自分に発破をかけ、勇気をもって踏み出すと、後ろの商店街の照明がバッと一斉に消えた。
恐ろしく暗い闇。前後すら分からない闇。
しかしそんな闇の中でも、ぼんやりと光るものがある事に気づく。近づいていくと、それは灯籠だった。灯籠の火は僕がそばに来た瞬間に消えてしまう。
そしてまた新しい光が灯る。
灯籠の光に導かれ、ゆっくりと慎重に一歩づつ進んでいくと、ポワッと明るい、小さめの神社に到達したのだった。僕はその神社の境内、その真ん中にある賽銭箱に近づき、歩いていく。
そこには、家にあった物と同じ、古ぼけた鏡がちょこんと小さく、しかしなにか神々しく、置いてあるのだった。
僕が鏡の中を覗きこむと、鏡の中の自分が笑いかけてくる。
答えはみつかったのか。と。
僕が「まだ分からない。けれど頑張ってみるよ。」というと鏡の中の自分はニコニコとさらに笑顔になり、気づけば、僕は自分の部屋に戻っていた。
部屋の中を見渡しても、布団をひっくり返しても、鏡はどこにも無くなっていた。あれは夢だったのだろうか。
僕はそんな事を考えながら、筆をとった。
鏡と穴 うさだるま @usagi3hop2step1janp
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