鏡と穴
うさだるま
黒い穴
鏡と穴
鏡の世界の私は胸に穴が空いていた。
私は朝、顔を洗おうと洗面所に向かった。当然洗面台には鏡が設置されているものだ。鏡の中の自分は髪がボサボサで目も半開き、服もよれていておおよそ寝起きそのものと行った様子であるが、それだけでは私の目はこんなにも覚めなかっただろう。あるべきものがないのだ。
私の胸の真ん中に服も身体も貫通したドス黒い穴が空いているのだ。
驚いて自分の胸を見てみると同様に光すら逃さぬ黒い穴が口を開けている。
恐る恐る穴に手を入れてみると、穴の内側は湿っていてなにかベタベタした物が手に付着する。
どんどんと深く深く、手を入れてみても奥には何もないようだ。
しかし、このまま穴の空いた状態でいるわけにもいかない。
他人とは違う。それだけで罰せられる世の中で穴が空いているわけにはいかぬ。
何か埋めるものを探さなくては。私は自宅の中を走り回り、引き出しを片っ端から引っ張り出し、鞄をひっくり返して、様々な物を入れてみる。
最初に今朝食べようと思っていた、パンを一切れ入れてみた。
穴は埋まらなかった。
次に私の興味を引くような書籍を入れてみた。
穴は埋まらなかった。
財布を入れてみた。
穴は埋まらなかった。
親しい旧友との写真を入れてみた。
穴は埋まらなかった。
かつて愛した者の写真を入れてみた。
穴は埋まらなかった。
自宅の中にあるもの全てを試しにと穴の中に入れてみた。
穴は少しも埋まらなかった。
私はフゥーとため息を深くつき、穴から一つずつ取り出して今まで穴に入れたものを見てみる。どれも幸せが詰まっているように感じられた。
穴からものがなくなり、再び鏡の前に行くと鏡の中の胸に穴の空いた私が話しかけてきた。
お前が今必要なものはなんだ。と。
私は、もう持っていた。と答えた。
すると鏡の中の私はニヤリと笑い、鏡の中から出てきて私の黒い穴の中に入った。
あまりの事に驚き目を閉じてしまう。
目を開けるとそこには私の胸の辺りに穴がちょうど開くように映る、穴の空いた鏡があるだけだった。
私の胸にも穴は無くなっていた。
最初から穴などどこにも無かったのかも知れない。
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