第15話 株式会社ユーヴィア最高執行責任者 永瀬颯太
「日向さんの話し方で分かったと思うが。彼女に君たちをだまそうという意図は無く、単純に私が打診した仕事を受けただけだ。
「……それは分かりました。では永瀬さんにはもう一度、遠慮なく聞きます。どういうつもりでこんな企画を?」
永瀬さんは、「それも分かっているだろう」とでも言うような顔をした。
「楠本君、最後の問題で日向さんがお手付きした後すぐに正解を言い当てたよね。もし君が、あくまで医療関係者ではない
「そうですね……」
私は否定できなかった。これまでの配信では医学生であることを努めて隠していたが、あの時には「この問題を解いてしまえばバレてしまうのではないか」という葛藤は微塵も無かった。
「もちろん、3Dモデルがかかっていたというのもあるだろう。だがそれ以上に君は、心の中では医者の卵としての才覚を発揮したいと思っているんだ」
自分でそういう風に仕向けておきながら、調子のいいことを言っている。
「僕は安心したよ。君がライバー活動にのめり込むあまり、医者の勉強を辞めてしまうんじゃないかと考えていたからね」
「なぜそれが心配事になるんですか?今の私のキャラで、ライバー活動に役に立つとは思えませんが……」
「役に立たない、か。……楠本君。三枚堂さんはなぜ、あれほどライバーの相談役、企画、司会ができると思う?彼はIRISに来るまで、配信経験も芸能界にいた経験もなかったのに」
永瀬さんは私の質問に直接答えず、三枚堂さんを引き合いに出してきた。文脈から答えはおおよそ想像できたが、私にはその本質は分からなかった。
「漁師としての経験……ですか?」
「そういうことになる。彼はマグロ漁船に乗り大西洋まで航海する、遠洋漁業の従事者だった。途中に補給のために寄港することはあるが、それでも約1年間、ずっと同じ面子が船上で共に過ごすんだ。たとえ船員が喧嘩しようがいじめを起こそうがくじけそうな新人が居ようが、皆同じ釜の飯を食わなければならない。たとえ逃げ出したくなっても、四方は海が広がるばかり。そういうところで集団生活を送る困難さ、君には想像できるかい?」
考えてみた。一番近いのは医学部の実習だ。数か月間同じチームで行った解剖実習。それ以来実習や各種の実験などは同じ班で行っていた。同じ少人数の面子で動くことが多いのは、病院で働くようになってからはそれが当たり前だからだともいわれている。
だが、それとは次元が違う。私たちはどうしても合わない人がいれば、配置換えを上の先生に相談するくらいはできる。
「……」
「彼はそこでの集団生活に諍いをなるべく生じないように、レクリエーションの企画に努めたり、メンタルに不調をきたした船員の相談相手になることが多かったそうだ。実に貴重で得難い経験だと思わないか?」
「それで彼をライバーに採用したんですか?」
「そうだ。何も直接本業とつながる活動をしなくとも、それにより得られる人生経験は必ず何らかの形で役に立つ。私は他社と異なる採用基準を設けて、そういう社会経験を持つ人を求めているんだ。私は君が医師になるために学び、将来医師としての経験を積みながら活動してくれることに期待しているんだよ」
そういうことなのか。バーチャルライバーのオーディションを受けようと探していた時、コーテックスの募集要項を見て思わずしり込みしてしまった。
そこには「首都圏に在住でき、週3回以上のダンス、歌唱レッスンが可能であること」と記載されていたのだ。他の事務所もおおむね類似した条件が記載されていた。IRISが無ければ、私は企業所属のライバーにはなれなかったと言ってもいいくらいだ。
「地方在住者や兼業を希望する社会人を逃したくないのでね。君も肌で感じていることと思うが、バーチャルライバーという業界は急速に大きくなっている。オーディションにも昔とは比べようもないほどの応募が来るようになったが、その大半はもともと配信者だった人や、売れない声優、あるいは俳優といった芸能界由来の人間だ。これだけでは活動の幅が広がらないし、そういった人間で本当に才能ある人はコーテックスを選ぶから、あそこに追いつくことはできない」
「……永瀬さんは、最終的にIRISをどういった『箱』にしていきたいとお考えなんですか?」
「そうだな……少なくともゲーム実況や歌などの娯楽だけじゃない。情報、教育、少なくともかつてテレビが担ってきた様々な分野をライバーが中心となって営めるようにすること、それが目標だよ」
「私が医師になってまだライバーを続けたとしても、私1人だけで出来ることは限られていると思いますが……」
「そうだね。1人が出来ることには限りがある。でも0と1では天と地ほどの差があるんだ。それはこれから自ずと分かってくると思う。それに足りないのは承知だ。だからまだまだライバーは増やしていくつもりだよ」
私は彼がいなければライバーにはなれなかったかもしれない。少なくとも医学部に通いながらというのは不可能だった。私たちを試そうとした今回の件には不満があるが、私を認めてくれていることは確かだろう。医学生、将来的には医師として、表には出なくても何らかの活動ができないかは考えてみてもいいかもしれない。
「最後にひとつ、いいですか?私の3Dデビュー配信は、いつ頃になりそうですか?」
「……1年半は待ってもらうことになりそうかな」
そのころは5年生、臨床実習の時期か……いや、今はこの後のコーテックスとのコラボに、ひいては目の前の活動に集中することが大切だ。今日の一件も、もしかするとそういう教訓だったのかもしれない。
「分かりました。でも今後は、私たちをだますような企画は無しでお願いします。では、次の配信がありますので、失礼いたします」
「確か、コーテックスとのコラボ配信だったね。いい経験になると思う。あそこは、最大手になるべくしてなった所だ。それを体感してくるといい」
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