第16話 バーチャル・コーテックス

 2時間後、私はローリエの家のリビングでお茶を飲みながらクイズ番組の顛末てんまつを――私の素性に関することだけ除いて――彼女に愚痴った。


「ぷふっ、それは災難やったね」

「全く笑えないよ。こっちは必死だったんだから。3Dモデルがかかってるんだからさ。今度雑談配信でも裏話として曝露してやりたいくらい」

「まあ、マネージャーに許可は取った方がよかと」


 私は彼女の助言に耳を傾けつつ煮物に箸を伸ばす。

 ローリエとはデビュー以来何度かオフコラボしてきたが、驚くことに彼女は毎回料理をふるまってくれた。とても美味しく、しかも塩分控えめで健康にまで気を遣っていそうだ。自炊とは無縁の私には染み渡るものがあった。


 食事中、普段はもっと他愛のない話をしている。そしてその流れのまま、ゲーム実況でも雑談しながら配信するのが定番の流れだった。

 デビュー前は正直、これが本当にコンテンツとして成り立つものなのか疑問だったが、日頃疲れた社会人にとって、仲良くゲームをしている光景は子供時代を思い起こさせ、一種の癒しになるらしい。


「3Dといえば、コーテックスはもっと早くもらえるらしいね」

「あっちはライブで歌って踊らんといかんけん。でもそんなに3Dにこだわるなら、コーテックスに応募したほうがよかったんやなか?」

「それは……大学があるから」

「大学ねえ、確かにコーテックスに入ったら退学せんといかんかもね。まず東京に住まんといかんし。でも、カイネちゃんもいずれはそうしたほうがよかと思う」


 コーテックスのライバーはデビュー前に学校や仕事を辞め、スタジオの近郊に住むのだという。デビューまでのSNSの活動もすべて消去しなければならない。いわば自分の過去を全て捨て去って、バーチャルの世界に移るようなものだろうか。今の私には、そこまでの勇気は無かった。

 そんな道を選んだ人たちと、これから私はコラボするのだ。おかげで今日はいつもより箸が進まなかった。


「田中咲さんと大亜だいあふらむさん、どっちもコーテックス初期のメンバー、いわば大先輩だけど、私たち大丈夫かな」


 ローリエは私の問いに全く動じることなく笑顔で答えた。彼女の席を見ると、もうご飯を食べ終わっている。


「心配いらんよ。ウチ、ふらむちゃんとは友達やけん」



 ◇



 「おはさく~!コーテックス1期生、田中咲が今日もバーチャルの世界に咲き誇るぞ~!」


 コメント

 :おはしゃく~

 :おはさきゅ~


「いやお前ら、今回は噛んでないだろ!お前ら、今日はIRISからゲストを呼んでるから少しは大人しくしろよ!『彼女』にはちょっとでも女の子らしく見られたいからな」


 コメント

 :まずその口調から直せ

 :咲ちゃんが恥じらいを小指の先っちょ程度でも持つなんて……

 :↑相手が相手だからなあ


「じゃあ早速呼ぶぞ!IRISで今一番注目のコンビだ!」


「ふふっ。過分な紹介にあずかったね。IRIS所属の楠本カイネだ」

「同じくIRIS所属のゲーミングエルフ、ローリエ=ヴァーグばい」


「はいどうも、本日はよろしくお願いしますわね。こっち……こちらもあともう一人来るはずなんだけ……なんですけど、遅いですことよ!」


 コメント

 :うん、ごめん。元の口調にもどして

 :無理しておかしなお嬢様口調になってて草

 :カイネくん、噂通りのイケメン&イケボだ

 :咲ちゃんもたじたじになるわけだ

 :コーテックスは男子とのコラボは禁制では?

 :↑れっきとした女子だぞ

 

「いや~遅れてすまんなあ。咲ちゃんの猫かぶりに爆笑しとったわ。コーテックス1期生、大亜ふらむや!」

「よしっ、メンバーがそろったところで、本日は『世界のアソビ名鑑64』をやりながら楽しくおしゃべりしていきましょう!」


 「世界のアソビ名鑑64」はボードゲーム、トランプゲームなど多彩なゲームを名前通り64種類収録したテレビゲームだ。一般的にも人気の作品だが、配信者がコラボ企画で選ぶゲームとしても極めて評価が高い。おなじみのゲームであればリスナーへのルール説明は簡単で済む上、ガチンコ勝負から緩い雰囲気の雑談配信、視聴者参加型まで幅広い企画に対応できる。


 ゲーム選択画面で横一列に並んだゲームのなかから、「7並べ」が選ばれる。トランプを使った遊びで、カードが配られると、♡、♧、♢、♤の7が自動的に画面中央に配置される。そこから隣り合った数字を順番に出していく、単純なゲームだ。


「いや~久しぶりのコラボ、嬉しいな~。おふたりさん、デビューしてどのくらいやっけ?」

「ふたりとも同じ日にデビューして、だいたい7か月になるかな」


 大亜ふらむが♡の6を出しつつ話しかけてきた。彼女は金髪ギャルのアバターで、普段は気さくで話しやすい関西弁ライバーなのだが、ゲームに熱中しすぎると……


「おい!♢の8!誰か止めとるやろ!悪いこと言わんからはよ出しや」

 ドスの効いた声でキレてしまう。


「咲は……パス!」

「あんまり怒ると血圧に悪いよ。じゃあ♧の9で」

「そんなん言われて出すわけなかろうもん。パス」

「はああああああ?!後で覚えとけよ!」

 

 コメント

 :ふらむちゃんIRISの新人にも容赦ないな~

 :たいていただの前振りなんだけどね

 :2人も扱いを心得ている模様

 :決着ついてないのに捨て台詞言ってて草

 

「もうこちとら出すもん無いわ。パスも出来ん。……これが最後や!♤の10!」

「ふっふっふ、貴様のおかげで出しやすくしてくれてありがとう」

「出しやすくしたぁ!?」


 ローリエがちょっと不自然な日本語で大亜ふらむをあしらった。彼女はアニメやゲームに精通していてよくそのセリフをしゃべるから、これも何か元ネタがあるのだろう。そのまま♤のJ を得意げに出すと、続いて私が♤のQ、そして咲さんが♤のKを出した。これでは彼女の出せる札が増えることは無い。ふらむさんは降参を選ばされて最下位が確定した。


「それが新人のやることかー!」


 コメント

 :草

 :ガノタ同士仲いいな(笑)

 :ローリエとふらむちゃんのやりとり、なんか懐かしい感じがするな

 :ふらむ、最後の台詞だけキャラが違うだろ


 ローリエとふらむさんの相性がいいのか漫才のように会話が進んでいる。アニメが得意ではない私はちょっと入りにくい雰囲気だ。そんな中で咲さんが♢の8を出しながら話しかけてきた。


「ふらむの奴、うるさくてごめんな。カイネ、今度は2人で話そうよ。もっと静かなところでさ」

「いいね。山登りとかどう?」

「うーん、結構忙しいから遠出はちょっとなあ。」

「そうか、コーテックスってレッスンとか忙しいんだっけ?」

「そうそう、定期的にボイストレーニング、ダンスレッスンもあるし、収録もあるからな。あとこれは他の箱に言うと驚かれるんだけど、うちは結構提出物があるんだ」

「提出物まであるん!?ローリエは学校では締め切り破りの達人やったなー」

 

 コメント

 :デートのお誘いだ!

 ;カイネってアウトドア派?ライバーにしては珍しいな

 :ローリエさん、旦那さんが浮気してますぜ

 :↑いつものことなんだよなあ……

 :エルフが学校?妙だな……

 :逆にIRISってライブとか無いの?

 :↑やってるメンバーとそうでないメンバーがいる

 :他の仕事と掛け持ちしてる人が多いって三枚堂さんまいどうが言ってた

 :兼業にはいろいろキツイわな

 :↑平群へぐり先生とか現役教師だしなあ

 

 コメントを見る限り、やはりコーテックスは専業でやってるというのはリスナーにも常識らしい。IRISでは正直なところ、ライバー活動だけで生活するのは難しいと思われるのだが、その辺りはどうなのだろうか。


 しかしさすがに配信中に聞くにふさわしい話題とは言えない。私は違う方向に話題を誘導することにした。


「じゃあお茶でどうかな?咲さん、後で空いてる日を教えてよ」




 ――1時間後。

 

「では今日はここまで!IRISの二人もありがとう!」

 

 咲さんの挨拶で配信は締め括られた。私はこのままローリエの家に厄介になり、明日午後に新幹線で直帰するつもりだ。

 

 今日はこのままローリエに頼んでシャワーを借りて寝よう。そう思って椅子から立ち上がろうとすると、通話アプリに着信があった。それは先程まで通話していたばかりの人物だった。


「咲です。カイネ、さっきの約束だけど、早速、明日の朝でどう?」

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