混ざりものには何が必要?

星多みん

俺は今日もあの人のアドバイスを聞きに行く

 仕事帰り、駅から少し離れた所は他者のアルコール臭いや嘔吐物、そんな夜の繫華街の一軒の店に入った。


「いらっしゃいませ。いつもの席空いておりますよ」


 暖かい薄暗いライトが灯るbarにスーツ姿の初老のバーテンダーが、ゆっくりとコップを拭きながらそう言うと、私は扉とは反対の端っこのカウンターに腰を下ろすとバーテンダーはいつもと同じ度数が弱いカクテルを置いた。


「今日は人が来そうな感じですか?」


 俺は顔を見ながらそう尋ねると、バーテンダーは口角を少し上げてこう言った。


「貴方が来て、私がここを開けているなら人は来ますよ」


 バーテンダーはいつもと同じ決め台詞を言うと、カウンター中央に戻って行ったので、私も好きではないお酒をチビチビと飲んでいた。


 俺がここに来て一時間が過ぎようとした頃に「チリチリン」と扉の開閉音と共に、女性が店内に入ってきた。バーテンダーの見つめ方的に初見さんだろうかと、考えていると彼女は俺からそう遠くない席に座った。


「なにか飲みやすくて酔えるものをください」


 少し遠くで女性はそう言うと、バーテンダーは鼻を鳴らしてから「カシャカシャ」とカクテルを作り始めた。その間、女性は部屋の隅々を見たり、カウンターに置いているスマホを持ち上げるではなく、チラチラと見ていた。


「ここって時計ないんですか?」


 もう出来上がっているのだろうか、女性は少し声を張り上げてバーテンダーにそう尋ねる。確かにここは時計がなく、私も最初はそれに困惑した覚えがあった。


「はい、ここでは時計は置いていません。ここに来る人は何かに疲れている人が多いいので時間を気にせず過ごせる空間にしたくて。まぁ、自分が時間を気にせずに働きたいと言うのもあるのですがね」

「なるほど」


 女性は低い声でそう言って暫くは静かにお酒を飲んでいた。


「そう言えばこのbarはお客様の相談を聞いてるんですよね」

「ええ。それ目的で来て酔いにくい物を飲む方もいますが……」


 バーテンダーは女性の問いに答えると、俺の座っている席を横目で一瞬見た。


「そうですか。そしたら一つだけ相談いいですか?」

「構いませんよ。ですが、あまり当てにしないでくださいね」


 バーテンダーは微笑みながら後ろにあるジュークボックスを触ると、心地よいジャズが流れ始める。その音楽は少し離れた席で盗み聞きができないようにする為のもので、俺は音楽が終わる三分間の間にお酒を飲み干そうと頑張っていた。


 ギリギリで出されていたお酒を飲み干すと、バーテンダーは俺にお冷を持って来てから女性のもとにもう一度戻った。


「そうですね。お嬢さんの悩みは大変なものと思います。それこそ当人だけじゃ解決できない問題なのでしょう。そんなどうしようもできない環境で頑張っている貴女には……」


 バーテンダーはそう言うと、一つのカクテルを作り始めた。


「今回のこれはアプリコットクーラーと言います。リキュールにレモンジュースとグレナデンシロップを加えて甘さを足して、最後にソーダを使用して飲みやすくなっております」


 バーテンダーがそう言いながらカクテルを差し出すのだが、女性はそれを暫く見つめて困惑の声を漏らしていた。


「あぁ。勿論、それは私の奢りとなっておりますので、気軽にお飲みください。さて、説明の続きですが、カクテルには意味がある物がいくつかありまして、今回の意味を加味して私が貴女に言えるのは『過酷な環境を生きているお嬢さんは素晴らしい』って所でしょうか」


 女性はその言葉を聞き終えると、恐る恐るだがカクテルを口に付けてみる。


「美味しいです」


 バーテンダーはその言葉を聞くと、安堵の顔をしてから口をもう一度開いた。


「今からは私なりの解釈なのですが、オレンジジュースやグレナデンシロップは甘い言葉で、ソーダとリキュールはお嬢さんにとってはキツイ言葉だと思うんですよね。ですけど、それを合わせて少し時間を置くと、良い経験として振り返れるのではないでしょうか」

「そうなんですかね」


 バーテンダーの言葉を聞いても不安そうな女性はそう言うのだが、バーテンダーは優しい顔をしてこう言った。


「まぁ、そうならなくても、またここに来ればいいんじゃないでしょうか。ここはそう言う悩みを持った方々が集う場所でもあるのでね」

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混ざりものには何が必要? 星多みん @hositamin

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