16 大穴の魔道具


 翌朝、ハイレンやユイトウ達と朝食を食べてすぐ、エルシャはジレンとともに馬車で大穴へ向かった。


 今日も辺りは薄暗いが、ジレンによると濃界ではこれがふつうの天気なのだという。


 まだ朝も早いというのに、大穴の周りはすでに活気づいていた。今日の出荷する分の交易品だろう。大穴の周りにはすでに、厳重に梱包された幾つもの木箱が積まれている。


 薄界側と同じく、濃界側でも大穴の中心を通る形で一本の幅広の通路が渡されており、人夫達が木箱を中央部へと運んでいる。そこから木箱を大穴に落とすのだろう。


 落とした木箱は重力が反転する『絆の大岩』で速度が落ちるのでそこで受け取られ、薄界側へ昇っていく昇降機に載せられ、運ばれるのだ。


「エルシャ。あまりわたしから離れないように」


 大岩の管理に携わっているとおぼしき役人とジレンが話している間、邪魔にならぬようにと、少し離れたところでフードの下からきょろきょろと周りを見回していたエルシャは、ジレンの大きな手に腕を掴まれた。


『きみが薄界人だとわかって、注目を集めたくない』


 というジレンの意向に合わせて、エルシャの服装は昨日と同じく、ズボンとフード付きのマントだ。


 さらに、エルシャの金髪は一目見れば薄界人だとわかってしまうということで、ひとつに結い上げたうえにぐるりと濃い色の布を巻いて、万が一フードがずれ落ちても髪が見えないように工夫している。


「すみません。その、ローニン様の魔道具を見つけられなくて……っ」


 ローニンの魔道具は持ち運べないほど大きいと聞いていたが、周りを見回しても、大きい魔道具など見当たらない。


 常人には思いもよらない発想の持ち主である師匠のローニンのことだ。エルシャが予想だにしない魔道具を作っていて、エルシャが単に気づいていない可能性も大いにあるが。


 だが、昇降機を除けば、そもそも魔道具自体、大きいものも小さいものもひとつも見当たらない。さすが、魔道具ではなく魔法を使用する濃界だ。


「ああ、ローニン様の魔道具は……」


 ジレンが説明しかけたところで、先ほどの役人が戻ってくる。役人の後ろについてきている人夫がふたりがかりで抱えているのは。


梯子はしご……?」


 エルシャの呟きに応じるように、ジレンが大穴の上を走る通路の中心を指さす。


 大穴の中心――通路の真ん中には、四阿あずまやを連想させる壁のない柱と屋根だけの円形の構造物が建てられていた。薄界側の通路にはないものだ。


 わざわざ通路の真ん中に作っているのだから、きっと何か理由があるのだろうが。


「叔父上の魔道具は、あの四阿の屋根の上にあるんだ」


「え……っ!?」


 ジレンの言葉に、すっとんきょうな声を上げて、まじまじと四阿を見上げる。が、小柄なエルシャの身長では、どう頑張っても屋根の上は見えない。


 何とか見えないだろうかと、胸元に荷物を抱えてぴょこっぴょこっ、と跳んでいると、ぶはっと隣で吹き出す声が聞こえた。


 振り向けば、ジレンが長身を二つに折って、おなかを抱えている。エルシャと違い、ジレンは今日はマントを着ず、濃界の仕立てのよい服を纏っている。黒くて立派な魔角を見れば、領主に連なる者だというのは明らかだろう。


「エ、エルシャ……っ! か、可愛すぎる……っ!」


「えぇっ!? あの……っ!?」


 周りの役人や人夫達も、なんだか子どもを見守るようなほっこりした目になっている。


 いや、マントやフードで顔などが隠れているので、実際に子どもだと思われているのかもしれない。恥ずかしさのあまり、かぁっと頬が熱くなる。


「焦らなくてもすぐに見られるよ」


 ちょうど通路の上の人がはけたところで、ジレンがエルシャの手を引いて歩き出す。赤くなった顔を隠すようにフードの下でうつむき、エルシャは手を引かれるままジレンに続いた。梯子を持った人夫達もその後ろについてくる。


 見慣れない一行にこれから何が起きるのかと周りがざわめいている声がフード越しにエルシャの耳に届いてくる。だが、ジレンの歩みは淀みない。


「さて……」


 直径は大人ふたりの身長を合わせたくらいだろうか。円形の四阿の下に着いたところで、ジレンがエルシャの手を放し、役人を振り返った。役人が心得たようにジレンに渡したのは指二本の太さほどの縄だ。


「高いところに登るからね。もちろん、わたしがついていてきみを危険な目に遭わす気はないけれども、念には念を入れておきたい。命綱をつけておくよ?」


「は、はい」


 エルシャがこくんと頷いたのを確認してから、「失礼するよ」とジレンがマントの中に手を入れ、腰に縄を巻いてしっかりと結ぶ。縄のもう一端はジレンの腰に結ばれた。


 その間に、人夫達が四阿の屋根に梯子を立てかけてくれる。


 縄は動くのに不自由しない程度の長さはある。さっそく梯子を登ろうとすると、ジレンに「ちょっと待って」と止められた。


「さすがに、荷物を持って梯子は登りづらいだろう?」


 エルシャが抱えている革製の鞄に入っているのは魔道具作りのための道具だ。屋敷を出る時、ジレンは自分が持とうと申し出てくれたが、魔道具師の端くれとして、大切な道具を人に預けるつもりはない。


 そのことを伝えるとジレンも納得してくれたが、さすがにいまは預けたほうがいいかもしれない。梯子なんて、登ったことがないのだから。


「わたしがきみを抱き上げて魔法で飛んでもいいんだけれど……」


「いえ、それだと強風が起こるでしょう? 魔道具の状態が見えない以上、それで部品が飛んではいけませんし……」


 ジレンもそれを考慮して、梯子を用意させたのだろう。同時に、なぜ今日もズボンを着るようにと言われたのか理解する。


 なにより、人前でジレンに抱きしめられるなんて、昨日の大穴だけでもう十分だ。


「では、すみませんがお願いします」


 ジレンに鞄を渡し、気合いを入れて梯子に足をかけると、すかさず心配そうな声が飛んできた。


「焦らなくていいから。ゆっくりで。もし何があっても、絶対にわたしが支えるから」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です! 昔、一緒に木登りだってしたでしょう?」


 心配性なジレンに笑いかけ、ゆっくりと梯子を登っていく。


「うんっ、しょ……っ」


 四阿の屋根近くまで上がったところで、気づく。


 遠目に見た時、屋根が円錐形えんすいけいなので、その屋根のどこかに魔道具がとりつけられているのだと思っていたが、違う。


 屋根の下に板が張られていて、空間がある。


「ジレン様。この四阿、二階建てになっています」


 エルシャの後から登ってくるジレンにひと声かけて、二階部分に上がる。


 床板と屋根の間はさほど広くなく、小柄なレニシャですら、端のほうは屋根に頭をぶつけてしまいそうだ。


 だが、いまはそんなことなど欠片も気にならない。


「これ、は……」

 呟いた声がかすれて途切れる。


 二階に設置されていたのは、エルシャが見たこともない魔道具だった。


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