13 師匠が作った魔道具
エルシャがずっと気になっていたことをようやく聞けたのは、食後のお茶の時間になってからだった。
紅茶と一緒に供されたのは、エルシャの好物である干し
「あの、お
お茶を楽しむ前に、懸案事項を片づけておこうと、エルシャはカップには手をつけずにハイレンに問いかける。
エルシャがジレンや両親から聞かされている内容は、エルシャの魔道具の師であるローニンが、昔、濃界で作成した移動不可能な魔道具が壊れてしまったので、修理しなければならないということだけだ。
エルシャもハイリーン領主であるハイレンからの手紙を読んだが、魔道具の詳細は書かれていなかったものの、壊れてしまった魔道具はハイリーン領にとって大切なものであり、そのままにはしておけないのだということは、はっきりとわかった。
そして、魔法を扱える濃界では、そもそも魔道具師自体がおらず、薄界に魔道具師の派遣を依頼するしかないということも。
だからこそ、ローニンの弟子であり、濃界人であるジレンが伴侶であるエルシャが魔道具師として来たのだ。
「そのことなんだけれどね……」
エルシャの質問に、ハイレンがジレンとよく似た端整な面輪を困ったようにしかめる。
「情けない話だが、叔父上が作った魔道具がどんなものなのか、わたし自身もよくわかっていなくてね。エルシャ嬢も知っているだろうが、叔父上はあまり教えるのが得意ではないというか……」
「ああ……」
眉を下げ、歯切れ悪く告げるハイレンに、エルシャも己の口元に苦笑が浮かぶのを感じる。
エルシャの魔道具の師匠であるローニンは、よく言えば職人気質、悪く言えば魔道具のことしか頭にない変わり者で、自分の研究や製作が第一、という人物だ。
弟子であるエルシャも、ローニンに優しく懇切丁寧に教えてもらった記憶などない。
小さい頃から魔道具に興味があったエルシャは、ローニンのアトリエに出入りして作業を見ているうちに、自然と魔道具の扱いを覚えたのだ。なので、優れた魔道具師であるにもかかわらず、ローニンの弟子と呼べるのはエルシャくらいしかいない。
エルシャが魔道具にくわしくなって以降は、専門的な話ができる相手ができて嬉しくなったのか、ローニンは魔道具についての膨大な知識を湯水のようにエルシャに与えてくれた。
今回の修理対象であるローニンが作った濃界にしか存在しない魔道具。ローニンが不在のいま、これを修理する適任者は自分しかいないと立候補したのだ。
エルシャの頷きに、事情を察してくれたと感じたのだろう。ハイレンが困り顔のまま言を継ぐ。
「叔父上からはただ、濃界と薄界、双方のために大切な魔道具だとしか聞かされていなくてね……。そもそも魔道具の知識を持つ者がいないので、魔道具を見てもそれがどんな意図をもって作られたものかわからないんだよ」
便利な魔法がある濃界人にとっては、魔道具とはなじみがない謎の物体にすぎないのだろう。
濃界人でありながら魔道具師の道を進んだローニンは本当に奇特だったということだ。
だが、ローニンが昇降機を発明したおかげで、薄界と濃界の交易は問題なく順調に行われているのだ。
そのローニンが『濃界と薄界、双方のために大切だ』と言った魔道具がどんなものなのか、気になって仕方がない。
「ラグシャストの領主の館にあったローニン様のアトリエを探してみましたが、それらしい魔道具の設計図などは見つけられませんでした。ローニン様は、濃界にもアトリエをお持ちでしたよね?」
ローニンが主に過ごしていたのは薄界だが、濃界にもアトリエがあることは、以前、ローニン自身の口から直接聞いた記憶がある。
「ああ。叔父上しか使う者のいないアトリエだけれどね。合鍵を預かっているから、きみに渡そう。明日にでも、ジレンに連れて行ってもらうといい。アトリエは大穴の近くなんだ。魔道具自体は、大穴に設置されているからね」
「大穴に……っ!?」
大穴なら、今日通ってきたばかりだというのに。
初めてジレンの故郷に来た感動や、初めて聞いた濃界の陽射しの話に
いや。思い返せば、あの時のジレンは有無を言わせずエルシャを馬車に乗せようとしていたように思う。エルシャの体調を心配して、早く屋敷へ連れて行こうとしているのだと思っていたが……。
「……ジレン様」
隣に座るジレンを振り返ると、
「すまない。きみのことだから、初めて見る魔道具があると知ったら、絶対にその場を動きそうにないと思って……。母上と兄上が出迎えてくれると聞いていたからね。あまり遅れるわけにもいかなかったし……」
「そ、それは確かにそうですけれど……っ!」
「満足するまで、優に半刻は調べていただろう?」
「う……っ! そ、それもそのとおりですけれど……っ!」
ジレンにはエルシャの行動などお見通しらしい。ジレンの選択が正しかったのは理性ではわかる。けれど、初見の魔道具を見逃してしまったのかと思うと、どうにも悔しくてしかたがない。
と、くすくすとハイレンの笑い声が聞こえてきた。
「エルシャ嬢は、魔道具に目がないようだね。さすが、叔父上の一番弟子というべきかな?」
「す、すみません……っ」
呆れられただろうかと、かぁっと頬が熱くなる。
「いや、謝らないでほしい。頼もしいものだと感心しているんだよ」
穏やかな笑みを浮かべてかぶりを振ったハイレンが表情を引き締める。
「手間をかけてすまないが、修理を頼むよ。もし、必要なものが人手があれば、遠慮なく言ってほしい」
「そうよ。ジレンをこき使ってくれていいから」
「母上、心配ご無用です。最初から、そのつもりですから」
からかうように口を挟んだユイトウに、間髪入れずにジレンが真顔で応じる。母と息子のやりとりに、エルシャは思わず吹き出した。
「ありがとうございます、ハイレン様。ローニン様の魔道具は、必ず私が直してみせます!」
ジレンの故郷のために役立てるなら、これほど嬉しいことはない。
ぴんと背筋を伸ばし、エルシャは力強く請け合った。
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