11 それは許可できない
食堂のテーブルには、すでにハイレンとユイトウ、マルナの三人がついていた。
エルシャにとっては甥にあたるセイシャンは、ようやくはいはいができるようになった月齢なのですでに乳母達と夕食を済ませ、別室で寝かしつけられているらしい。
テーブルと椅子で食事をとる風習は薄界も濃界も変わらないが、渦巻きや流線形の意匠が多い濃界の家具が配置された食堂は、濃界独特の雰囲気を感じさせる。
エルシャが見たこともない花が飾られた花瓶の色合いも、花に負けないほどあざやかな色の取り合わせで、いかにも濃界風という
「兄上。申し訳ありません。お待たせしました」
「ご領主様。お招きいただいたというのに、遅くなりまして申し訳ございません」
ジレンとともに食堂の入口で詫びると、上座につくハイレンがゆったりとかぶりを振った。
「いや、わたし達も先ほど来たところなので気にしないでくれ。それよりも、『ご領主様』なんて堅苦しい呼び名はいらないよ、エルシャ嬢。きみはジレンの伴侶なのだから。もっと気安く『兄』と呼んでくれると嬉しいな」
「ありがとうございます、お
ジレンとよく似た穏やかな笑みに、エルシャも微笑んで礼を述べる。
「先ほど、母上達に連れて行かれた時はジレンと一緒に心配していたが、無事に支度が済んだようだね。よく、似合っている。きみのような美人を
ハイレンにまぶしげに目を細めて言われ、エルシャは恐縮しきりでかぶりを振る。
「もったいないお言葉でございます。ですが、これはすべてお義母様とお義姉様のおかげですわ。お義母様、お義姉様、本当にありがとうございました」
胸元に手を当てて膝を下り、濃界に伝わる仕草でお礼を伝える。薄界よりも幅広の袖が、動きにあわせて優美に揺れた。
エルシャの感謝にユイトウがころころと笑う。
「お礼を言うのはこちらのほうよ。とっても楽しませてもらったもの。ねぇ、マルナ」
「そのとおりですわ。ですから気になさらないで」
にこにこと笑う二人にほっとする。
エルシャ達が席につくと、すぐに食事が始まった。
「急に濃界に来ることになったのだもの。食事は慣れているもののほうがよいと思って、薄界と同じものにしたのだけれど……。料理人が食材に慣れていないせいで、いつもと味わいが違っていたらごめんなさいね」
最初の皿が供されると同時に、ユイトウに詫びられる。エルシャは驚いてかぶりを振った。
「とんでもないことですっ! すみません、そこまでお気遣いいただきまして……。あの、次からは濃界のお料理で大丈夫ですので、どうかお気遣いなしでお願いいたします」
ユイトウが言うとおり、目の前の皿にのっているのは見慣れた料理ばかりだ。盛りつけは多少違うが誤差の範囲でしかない。
というか、薄界の料理ということは、食材をわざわざ薄界から取り寄せたということだろうか。
どれほどの手間とお金をかけさせてしまったのかと思うと、申し訳なくなる。
「その、お手間をおかけしては申し訳ないですから、外のお店で済ませてまいりますし……」
「それはだめだ。許可できない」
エルシャの言葉を遮るように告げたのは、隣に座るジレンだ。
「ジレン様?」
首をかしげたエルシャに、ジレンが硬い表情で口を開く。
「濃界の動植物には魔素が含まれている。食事のごとに魔素を摂取していると、体調を崩しかねない」
「ですが……。濃界の食べ物の一部は、薄界との交易品にもなっていますでしょう? 今まで、体調を崩したなんて話を聞いたこともありませんし……。わたくしも、何度か食べたことがありますが、不調を感じたことはありません。ジレン様だって、いつもおみやげに濃界の物を贈ってくださるではありませんか?」
魔素の濃さが関係しているのかもしれないが、裏表の世界である薄界と濃界では採れる動植物などもいろいろと異なるため、珍しいものは交易品として売買されている。
もちろん濃界から薄界への輸出品の最たるものは魔道具のための魔石だが、他にも独特の風合いをもつ濃界の獣の毛皮も人気だし、保存がきくように加工された食べ物も交易品の中で重要な位置を占めている。
特に、薄界とは異なる製法で作られる濃界の酒は王侯貴族に人気の品だ。辛口の上にきつい酒らしいので、エルシャはまだ呑んだことがないのだが。
エルシャが好きなのは濃界にしか生えていないルーモウと呼ばれる果物の蜜漬けだ。ころりと丸い紅色の小さな実を蜂蜜に漬けた様子は、まるで宝玉みたいで、お菓子の飾りつけに最適だ。もちろん食べてもおいしく、甘酸っぱい実の中からじゅわっと甘い蜜があふれてくるおいしさは得も言われない。
ジレンもエルシャの好物だと知っているので、ルーモウの蜜漬けができる季節に濃界に行った時には、いつもおみやげに買ってきてくれるほどだ。
エルシャが濃界の食べ物を食べているのを、ジレンだって何度も見ているはずなのに……。
せっかく濃界に来ながら、濃界の食べ物を禁じられるとはどういうことなのか。
エルシャの疑問に答えてくれたのはハイレンだった。
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