第1話

  初めは嫌悪感や忌避感から顔を顰めずにはいられなかった。欲で充満されたこの空間に、今では平然と居られるようになってしまったという事実は慣れというものの恐ろしさを痛感させられる。あれほどまで憎悪を向け、衝動のままに壊してきた光景を「またか。」と呆れながら冷静に観察している自分を、かつての私が知ったら間違いなく自分自身をしただろう。それほどまでに破滅の対象と捉えていたモノをどのようにして嬲るか考えを巡らせる余裕が生まれるほどに、私はこの毒に侵されてしまっていた。そして今まさに目の前で繰り広げられる狂乱の宴で理性を失い、獣となった者達を冷たく見下ろす。どんなに毒されようと、感性が変質しようとも、私は私を肯定するために眼下に広がる空間を拒絶する。

 手始めにこちらをチラチラと下賤な笑みを浮かべた奴らに近づいた。少しの笑みと指で円を作り、そこを下で舐めるかのような仕草を見せるとあっさりと私の後を付いてきた。小部屋へと誘導すると私の肩に手を回し、耳元で訳の分からないことをほざいていた奴を軽く撫でた。その様子を認識するよりも早く近くにいた二人の胸にそっと触れた。ほんの一瞬でそこにはが転がっていた。小部屋のドアを開けると中の様子を伺おうと聞き耳を立てていた施設の従業員らしき人物がいた。何か言い訳めいたことを口走っていたが、時間の無駄だったので開いているドアに向けていなしててドアを閉めた。

 このときリジェは一番最初に触れてきた男の服装、仕草そして見た目へと変わっていた。その男の容姿を使い今度は数多の男を侍らせる女に近づいた。その女は男の姿をした私を見るなり、旧知の仲のように話しかけてきた。大半の話は忘れたが最近の奴隷事情や嵌めた種族たちの末路など下世話なものばかりだった。そんなことを嬉々として話す女に私は的確な返答や提案、相槌を打っていた。私の素性を知る者ならあり得ないと自身の視覚と聴覚を疑っただろう。リジェが仮初の姿とは言え下賤な笑みを浮かべ談笑する姿は、その立場に君臨し職務を行っている理由と相反していた。またリジェ個人の事情的にも理解が出来ないものだった。しかし私情を持ち込み停滞が許されるほど世界は優しくも甘くもないことをリジェ本人が痛嘆していた。だからこそ私は撥無むべき情報を男に肩を触れられたと同時に男が有する知識や記憶を共有した。そしてそれらを利用し女を謀った。場所を変え、目合ひ舞台を一望できるVIPルームに私と女はいた。

 宴を見つめ酒を呷り悦に浸るその背中を手始めとばかりに抉った。一瞬何をされたのか分からないという表情は痛みによって歪んでいった。さきほどの姿と打って変わって最初の姿へと戻ったリジェは何かを握ると手を女の背中から引き抜いた。女は自身の血の海の中でジタバタと悶えた。痛みによってうまく呂律が回らず、大量出血によって意識が遠のきかけていた。リジェは先ほどより膨らんだ何かを女の口に突っ込んだ。生暖かい袋のようなものから液体が流れ込み口内を満たす。意識を手放しかけていた女は吐き出せないと分かるや否や本能的にそれを嚥下した。リジェはその光景に口角を上げた。

「中々に居ないぞ?自身の内臓を器に酒を呷ったものは。」

リジェの手には中身を全て出し切り萎んだ女の胃袋が握られていた。自身が嚥下したものを理解した女は強烈な嘔気の襲われた。が、吐しゃ物が出ることはなかった。それを蓄えるべき器官はリジェの手の中にあるからだ。そしてそれ以上の異変が女を襲った。体の中心部を抉られるような痛みが全身を苛んだ。痛みは鼠算式に強くなっていき、女はリジェに声にならない声で助けを懇願した。リジェは女に向けて胃袋を投げると興味をなくしたようにVIPルームの展望窓のヘリに腰かけた。何かが弾ける音を聞きながら。

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夜暮れを飛び降りて 四鈴 イト @Shizuryyl

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