第24話 考えたくない報酬

 お茶会は結局、お茶やお菓子を楽しむという機会がなく解散となった。

 ジャミンとジュリアは、現領主代理であり養父のベッヘンの家に住んでいる。

 周りには子どものいる住居が多く、ジュリアは用意されたお菓子を持たされ、みんなと分けて一緒に食べると楽しそうに帰っていった。


 お茶会が終わると待ち構えていたように晩餐が始まった。結局お茶以外は何も口にしていなかったので、メルデルとサラサンの二人は十分に夕食を味わえた。

 ケリーは嘘をついてはいなかったようで、スープ、前菜の後はこんがり焼かれた鴨肉が出てくる。

 

「私もお茶会に参加したかったですわ」

「僕も。ジュリアと一緒にお茶を飲みたかったなあ」

「まあ、次の機会に一緒にお茶をしましょ。今度は朝食と昼食を兼ねてゆっくり楽しみたいわね」

 

 サラサンは何やらメルデルに目配せしながら、答える。

 とりあえずそれに頷き、カイゼルがジュリアのことを気に入っていることに安堵する。

 弟はまだ10歳だ。恋などそういう時期ではない。けれどもジュリアの気持ちを聞いてしまったからには協力したいと思ってしまった。

 サラサンも同じ気持ちらしく、メルデルは共通の気持ちを共有することに何かくすぐった気分になる。


「楽しいお茶会のようだったですね。ちょっと心配していたけれどもよかったですわ」

「とても楽しませてもらったわ。ありがとう」


 母リゼルの意味深な笑みに、サラサンは笑顔で返す。

 そんなやり取りを見ていると胸がざわざわとしてきて、メルデルは悟られないように食事に集中しているふりをする。


「姉上。そんなに鴨が大好物なんですね。知らなかったです」


 すると弟カイゼルに驚かれてしまい、苦い笑みで答えてしまった。



「メルデル。一緒に湯浴みしない?」

「な、なにを言っているんですか!」


 部屋に戻り、湯浴みの準備を侍女がしている最中、サラサンが聞いてきた。


「冗談よ。まだ早いわね。浮かれちゃったわ。じゃあ、お先に~」


 軽やかに笑ってサラサンは侍女と共に部屋を出ていく。


 ーーまだ早いって、いつか一緒に入らないといけない日がくるのか?当然夫婦だし、そういう日がくるのもわかってるけど、まだ心の準備が整っていない。


 伯爵の地位にいるときは、結婚など考えたこともなかった。もちろん、男子として生きている上、恋愛などありえないことだった。またそんな心の余裕もなく、ただ一生懸命毎日を過ごしていた。

 女性であることがばれて、サラサンの妃になり、彼の人となりのおかげで、メルデルの心に余裕ができるつつあった。


 --それにしてもジャミンがそんな気持ちを抱いていたなんて。でもそんな素振り一度もみなかったぞ。


 自身は恋はしたことがない。だが領民や夜会などで話は聞いている。


 --恋っていうのは、頬を赤らめてたりするって……。


 そう考え、ふとメルデルは日中ジャミンを見つめていて彼が一瞬頬を紅潮させたことを思い出した。


 --そうか。もっとよく考えて行動したら、ジャミンの気持ちがわかったかもしれないのに。


 自身のせいで、彼の時間を無駄にしてしまった気がして、メルデルは申し訳ない気持ちになってうつむく。

 ジャミンが聞いたら即効否定するはずなのだが、彼女はわかるはずもなく、サラサンが戻ってくるまで罪悪感は続いた。

 

 ☆


 完全に失恋したはずなのに、なぜかすっきりした気持ちでジャミンは屋敷を歩き回る。

 執事の仕事はいつも夜遅くまでだ。けれどもベッヘンの家であり妹の待つ家に戻るのは彼の日課だった。


「ベッヘンはまだ戻っていないのか」


 領主代理を務めているベッヘンも彼よりさらに多忙なのだが、年齢のこともあり、少しでも早く帰宅できるようにリゼルなどが気を使っていた。

 通常は養父はジャミンより早く帰宅するのが常で、日が完全に落ちたのにも関わらずに屋敷に戻ってこないことは普通ではなかった。


 --直接家にもどったのか?それはない。


 ベッヘンに限って現領主カイゼルに報告をしないまま、帰宅するなどありえないことだった。


「心配ですかあ?」


 ふいに誰もいない空間の影が動き、それが人型になって話しかけてきた。

 悲鳴を上げそうになったが、自身の沽券にかけてこらえる。


「いきなり現れるのはやめてくれ」


 影は黒装束に身を包んだケリーで、ジャミンは驚きを誤魔化すように咳ばらいをしながら、苦言を漏らす。


「驚かしてしまいましたあ?私、間者としてとても優秀なんですよお」


 彼女の独特の口調、それに簡単に間者であることを明かしたケリーが優秀であることには頷けなかったが、彼女の登場に驚いたのは確かだった。


「ベッヘンさんの行方探してきましょうかあ?私はもう上がりなのでぇ」

「いや、それは頼めない。領内が安全とはいえ、暗がりを女性一人で歩かせるわけにはいかない」

「いやん。紳士ですねえ。ますます、好きになっちゃいます」


 腰をくねくねさせるケリーからジャミンは思わず視線を外す。


 --本当に彼女は間者なのか?こんなやつを使って殿下は大丈夫なのか?


 そんな余計な心配までしてしまうくらい、ケリーは間者らしくなかった。いや、普通ではなかった。


「ジャミンさん。私の腕、うたがってますねえ。それなら」


 急にケリーが表情改める。すっと真顔になって目を細めたかと思うと、ジャミンの背後に移動していた。背中に硬い何かをあてがっている。

 感触が鋭く冷たくて、少し寒気がした。

 目に負えない速度で、彼はケリーの動きに対応できなかった。


「……疑って悪かった」

「ふふん。わかってくださったみたいですねえ。だから、ベッヘンさんのことはお任せくださいい。報酬は口づけってことでえ」

「は?」


 ジャミンが驚いた声を上げたころには、すでに背中の当てられた何かの感触はなくなり、ケリー自身も煙のように消えていた。


 --ふざけていても本物の間者だったんだな。俺より強いから、まかせても大丈夫か。しかし……報酬は口づけか。冗談であってほしい。そんなはずはないか。


 ケリーのくねくねとした腰の動きを思い出して、ジャミンは首を横に振る。

 けれども今はベッヘンの行方だけを心配しようと心に決めた。

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