第23話 楽しいお茶会……。

「ジャミン。仕事が忙しいところ、ごめんなさいね」

「畏れ多いことを。殿下の命は何よりも優先されるべきですから」


 悠然に微笑むサラサン、その笑顔はいつもより何倍も輝いているようだった。

 それに対して、低い姿勢を保ちながら負けないとばかり、ジャミンは微笑を返す。


 突然用意されたお茶会。

 王族と使用人がともに同じテーブルでお茶を飲むなど本来はあってはならないことなのだが、サラサンが押し切った。

 現在屋敷の主人で当主である弟カイゼル、その母リゼルも本来なら呼ぶべきなのだが、今回は遠慮してもらっている。

 そうして、メルデル、サラサン、ジャミン、ジュリアの4人のお茶会が始まったのだが、始めからこの調子で妙な緊張感があるものだった。


「ジュリア。私に構わずメルデルと沢山話してね。私はあなたのお兄様と楽しく二人でお話しているから」

「そうだぞ。ジュリア」


 二人のそう言われて、天真爛漫なジュリアはしっかり返事をするとメルデルに話しかける。


 ーー二人で話すって、何を話すんだ。


 メルデルは横目で二人の様子を窺いながらも、ジュリアの質問に答えていく。


「お妃様って着飾ってニコニコ笑っているだけじゃないんですね」

「それは、そうよ。メルデルは妃の仕事を頑張ってくれてるわ」


 妃の日常を聞かれて説明すると、ジュリアが感心した声をあげたが、それに答えたのはサラサンだった。


「メルデル様なら当然ですね」


 ーー当然って。なんでジャミンまで。


 二人で話してといいながらも、結局、サラサンとジャミンが会話に加わり、しかも競うように話すのでジュリアも徐々に困った顔になっていく。


 ーージュリアと二人で話した方がよかったな。ジャミンもどうしてなんか突っかかる言い方をするんだか……。さて、どうしようか。わざわざジャミンにこの間の問いのことを持ち掛けるのも、あれだし。今はよくない気がする。


「もう。お兄ちゃん!いい加減にして」


 メルデルが悶々と対策を考えていると、ジュリアが声を上げた。


「ジュリア。行儀が悪いぞ」

「行儀とか関係ないわ。サラサン殿下なら許してくれるはずだもの。お兄ちゃん、素直になってよ。メルデル様が好きなんでしょう?だから邪魔するんでしょう?」

「ジュリア!」

「ジュリア。私、あなたみたいな子好きよ。はっきりしてていいわね。あなたのお兄様も見習ってくれればいいのに」

 

 --好き?殿下はジュリアのような女性が好みなのか?


 メルデルは先ほどのジュリアの重要な発言よりもサラサンの言葉を気にしてしまう。


「では、メルデル様と離縁して、ジュリアを妃にしてくださいますか?」

「はあ?」

「お兄ちゃん!」


 --殿下が望めば。ジュリアをキャンデル家の養子にすれば……。


「メルデル?あなた、おかしなことを考えてるわね?」

「お兄ちゃん、変なこと言って!あ、すみません。変なことだなんで言ってしまいました。お兄ちゃん、とんでもないことを言わないでよ!」

「サラサン殿下。もし殿下が望めば、そうされたほうがいいでしょう。……ジュリアをキャンデル家の養女にして……」

「メルデル!」

「メルデル様!」


 サラサンとジュリアが同時に彼女の名を呼ぶ。


 --きれいな殿下とかわいらしいジュリア。お似合いかもしれない。


 そう思いながら胸がずきずきと痛み、メルデルは自然と胸を押さえていた。


「その方法ならあの書状を持ち出すことはないですね」

「その方法って。あなた、頭がおかしいじゃないの?」

「お兄ちゃん!勝手に進めないでよ」


 二人が立ち上がり、頷いているジャミンに言い寄る。

 その様子をメルデルは他人事のように見ていた。


 --二人が結婚したら、私は行く場所がないな。旅にでもでるか。

 

 彼女の思考はすでに逃避にはいっており、じくじく痛み出した胸を押さえながらサラサンのそばに自分がいない未来を考える。

 

「ジャミン。話をそらさないで。あなたはメルデルが好きなんでしょう?おかしなことを言いださないできちんと気持ちを伝えなさいよ」

「そうよ。お兄ちゃん。大体、私は妃様とか全然無理なんだから。それに私は……」

「ふふ。ジュリアはカイゼルが好きなのよね」

「カイゼル?」


 弟の名前が出てきて、メルデルはやっと逃避思考から3人の会話に加わった。


「カイゼル様?ジュリア、なんてことだ。それは無理だ」

「無理?おかしなこと言うわね。妃にはなれても、領主の妻にはなれないの?それっておかしいわ」

「おかしくありません。カイゼル様にはちゃんとした女性を……」

「ちゃんとした女性って、ジュリアはちゃんとした女性じゃないの。ね?メルデル」

「はい。ジュリアは聡明で物事にも公平で、カイゼルを立派に支えてくれると思います」

「ほら、メルデルが賛成よ。よかったわね。ジュリア」

「いえ、あの、その」

「二人の気持ち次第だが、ジュリアなら安心できる」

「メルデル、そうよね。ジャミン。わかった?」


 サラサンに問われたがジャミンが渋い顔をしたまま答えなかった。

 

 --こんな風な彼の素直な表情は久々に見る気がする。いつも私の前では作った笑顔を浮かべていたから。


「メルデル?」

「なんでもないです。あの、サラサン殿下はそれでよろしいのですか?あの、ジュリアのことが」

「もう、また振り出しに戻すつもり。私が好きなのはあなた。メルデルなの。あなたが好きなのも私でしょう?」


 ーー好き。うん。そうだ。私は殿下が好きだ。


「はい」

「メルデル!」


 気が付いたらそう答えていて、メルデルはサラサンに思いっきり抱きしめられていた。


「で、殿下!」

「ごめんなさいね。あまりにも嬉しくて。ジャミン。これで気が済んだ?で、あなたは告白しないの?うじうじするのはやめてよね」

「お兄ちゃん。私だってカイゼル様への気持ちを話したんだから、お兄ちゃんだって!」

「わかったよ」


 メルデルを抱きしめるサラサンを呆然とみていたジャミンだが、自虐的に笑うと頷く。


「メルデル様。私はずっとあなたのことが好きでした。あなたはを支えていくつもりで執事の仕事を習い始めました。あなたが女性だと知ってからは、その気持ちは愛情へと変わり、おかしな態度を見せないように必死に隠していました。あなたを騙して妃にしたサラサン殿下が許せなかったのですが、あなたも殿下を好きなのですね」

「……うん。ジャミン。お前の気持ちに気づけず悪かった。私をこれまで支えてくれてありがとう」

「メルデル様」


 腰を落として、メルデルの手に口づけしようとしたジャミンをサラサンがすかさず止める。


「油断も隙も無いわね」


 ジャミンは口元に笑みを浮かべると立ち上がった。


「メルデル様。改めてご結婚、おめでとうございます。もし気に入れなかったらいつでも戻ってきてください。ここに離縁した場合もキャンデル家には影響を与えないという書状がありますから」

「なんだ、それは」

「殿下に書いていただいたのです。これで安心してあなたを見送れます」

「殿下?」

「ほら、あの。あなたが嫌なら仕方ないかなあって。だって、私は無理やりあなたを妃にしたようなものでしょう?」


 誇らしげに書状を掲げるジャミンに、しどろもどろになるサラサン。


「お兄ちゃんったら本当に」

「殿下。あの、最初は選択肢がなかったのですが、今はあの、妃になってよかったと思ってます」

「本当?」

「はい」

「嬉しい!」


 サラサンは顔を一気に綻ばせると再びメルデルを抱きしめた。

 今度こそは抵抗せず、彼女は戸惑いながらもその背中に手を這わせる。


「お兄ちゃん。あきらめつきそうだね」

「……ああ」


 赤毛の兄妹がそんな会話をしていたのだが、メルデルの耳に届くことはなかった。

 


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