第22話 壁ドンのはてに

「メルデルと二人でこんな薄暗いところ、ドキドキしちゃうわね」

「で、殿下……」

 

 明日の視察の段取りも終わり、昼食はお開きとなった。

 寸法取りも、生地も選んでしまったのでやることがない。視察は明日からなので、視察の事前勉強も兼ねて二人は図書室に来ていた。

 こんなところに連れてきていいのかと思い、心配しながら問いかけるがサラサンはメルデルに微笑みを返して、同時に距離を詰めてきた。

 本棚が背に触れ、視界のすべてが彼に覆われる。

 午後の図書室には柔らかい光が溢れていて、彼の金色の髪が幻想的に輝いていた。


「メルデル。ねぇ、さっきの続きを聞かせて」

「さ、さっき?」


 距離が近すぎると思いつつ、逃げようとするが彼の両腕がそれを阻む。


「逃げないで教えて。メルデルの気持ち」


 ーー私の気持ち……。


 声は真剣で、メルデルは顔を上げて彼を見つめる。


「さっき、母上に嫉妬してくれた?メルデルは、私のこと好き?」

「サラサン殿下」


 メルデルが答えようとしたところで、邪魔が入る。

 それはケリーで、サラサンは舌打ちをして扉の方へ目を向けた。


「何か用かしら?」


 ーー珍しいな。殿下がこんなにイライラしている姿を見えるなんて。


 眉をひそめて彼は仇でも見る様に睨んでいる。

 声も冷たく、苛立ちを隠そうとしていない。


「夕食は鴨とウサギどちらがよろしいでしょうか?」

「は?」

「え?」


 ケリーの問いにメルデルもぎょっとして声を出してしまった。


「ケリー。あなた、余計なことはしないって言ったわよね?」


 ーー余計なことはしない?どういう意味だ。っていうか、ケリーとやけに親し気だが


「調理長から殿下の好みを聞いてきてくれと言われまして断れなかったのです。ご不快な思いをさせてしまいましたら申し訳ありません」


 扉越しにケリーはサラサンの声の苛立ちにひるむことなく返していた。申し訳ないと言葉にしながらも、その声にはそのような気持ちはまったく感じられない。


 ーーケリー?こんな人だったっけ?いや、それよりも料理長?いくらなんでも今聞くことじゃないぞ。っていうか、さっきの昼食時に聞くべきだったのではないか?


 メルデルの頭に疑問が渦巻き始める。

 そんな彼女の隣でサラサンが深く息を吐く。


「あなた、裏切るつもりね」


 ーー裏切る?


「そんなことはございません。殿下には忠誠を誓っております。もちろん、今はキャンデル家に仕えているので、優先順位は異なりますが」

「キャンデル家……。よく言うわね」

「殿下……どういう意味ですか?さっきからよくわからないのですが」


 状況はわからないまま、二人が話しており、さすがにメルデルは聞き返した。


「メルデル。なんでもないのよ。あなたは気にしないで」


 けれどもサラサンは笑って誤魔化す。


「鴨にして頂戴。可愛いウサギは食べたくないわ」

「畏まりました」


 ケリーがそう答え、とりあえず話は終わったかに見えた。


 ーー私に知られたくないことがあるのか?今はキャンデル家に仕えるって言ったよな。そうなると以前は殿下……。


 誤魔化されたことがさらにメルデルに疑念を植え付け、それはある結論に近づく。


 --ケリーが間者か?


「ああ、メルデル妃殿下」


 立ち去ったと思ったケリーが再び扉越しに話しかけてきた。


 --何を言うつもりだ。ケリーはやっぱり間者か?


 疑惑を持ちつつ、メルデルは言葉の続きを待つ。


 --というか、なんで中に入ってこないんだ。これだけでも不敬だと思うんだが。


「ジュリア様が王宮の話を聞きたがっていたので、もしよろしけばお時間を割いていただけないでしょうか?」

「ジュリア?」


ーーそういえばジュリアとはまだ戻って来てから話してない。ジュリアと一緒にジャミンを誘えば話すこともできるな。


 メルデルは先ほどの疑惑を取り敢えず置くことにして、まずはジャミンと話そうと決めた。


「サラサン殿、」

「駄目よ。ジュリアって言ったら、あのジャミンの妹でしょう?ジャミンも付いてくるはずだろうし、そんなの駄目」


しかし、彼女の問いかけは形を成す前に速攻で断れてしまう。


  ーージャミンと私が話すのが本当に嫌みたいだ。そうなると、彼に説明する機会を持つのは難しいのか。


そうして途方に暮れたメルデルに、助け舟を出したのがなぜかケリーだった。


「サラサン殿下もご一緒にされたらいかがでしょうか?」

「一緒に?……それならいいわね」


 ーー殿下と一緒!なんていうか、物凄い恥ずかしいぞ。殿下の前で幸せですとか、言えるわけがない。


「どうしたの?メルデル。私が一緒にいたら邪魔?」

「そんなことはありません。ただ、」

「ただ?」


 ーージャミンに自分の気持ちを説明するために、幸せだと答えるために、なんて言えない。恥ずかしい。


「どうしたの?顔が真っ赤よ」

「な、なんでもありません」

「おかしいわね。どういうことなの?」

「なんでもないんです」


素直になれないメルデルは首を横に振るしかなかった。




 

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