第21話 肉食な人たち
寸法を終えた二人に、母リゼル、弟のカイゼルを加えて4人でお茶を飲む。
お茶というよりもお昼の時間なので、昼食を兼ねたお茶になる。
鶏肉を挟んだサンドウッチに、ケーキやクッキーが並ぶ。
王宮の料理よりも素朴だが、幼い頃から食べてきたものなのでメルデルの表情は自然と綻んだ。
隣に座るのはサラサンだが、彼の表情は硬くて彼女は少しだけ不安になった。
ーー寸法の時になにかあったのか?それとも食事?
目が合うと彼は微笑みを浮かべ、それだけで彼女は安心する。
二人を微笑ましく見守っているのは母リゼルで、お茶会は和やかに進む。
弟のカイゼルはまだ10歳、領主の仕事をするにはまだ知識等は不足で、領主の書斎で教師について勉強中だ。サラサンの前でなければいつも愚痴を漏らすところ、今日は愚痴ではなく質問をする彼に思案しながら答えていた。
そうした弟の努力を前に、メルデルは姉として喜びを覚える。
ーーまだ10歳。これからゆっくり学んでいけば立派な領主になるだろう。私がいなくても大丈夫だ。
少しだけ寂しい思いをするが、仕方ないことだと彼女は自分に言い聞かせていた。
「殿下。明日は領地の視察になります。ベッヘンが戻ってきたら打ち合わせをしましょう」
「そうね」
答えるサラサンはどこか上の空だ。
そう思ったのはメルデルだけではなく、リゼルも同じらしく彼に問いかける。
「サラサン殿下。何か心配ごとでもありますか?」
「あら、わかる。ちょっとね」
サラサンは苦笑して母に答え、メルデルはなんだか自分に居場所をとられたような気持ちになった。
「メルデル?どうしたの?」
気持ちが顔に出ていたのか、逆に聞かれてしまう。
--こんなくだらない気持ち、話せるわけがない。
「なんでもありません」
「メルデル妃殿下。気持ちは伝えるべきだと思いますわ。サラサン殿下をとられたような気持ちになったのよね?」
「母上!」
「そうなの?」
母に抗議の声をあげるが、サラサンは嬉しそうにメルデルに聞いてきた。
その青い瞳は期待満々とばかり輝いている。
--これで否定したら悲しませてしまう。確かにそうだし。恥ずかしいが
「サラサン殿下」
答えようとしたところ、閉じた扉の向こう側から軽くたたかれる。
「ベッヘンが戻ってまいりましたが、通しましょうか?」
扉の外にいるのはジャミンだった。
--気持ちは今夜でも伝えればいい。戻ってきたなら昼食を交えて、明日に視察予定を立てたほうがいい、
まだ年若い弟の代わりにベッヘンは領主代理としてよく働いてくれているようだった。執事の時より明らかに仕事量、責任に重さは増しているに違いないのに。
「わかったわ。通して頂戴。メルデル、続きは夜聞かせてくれる?」
溜息交じりの言葉は色気たっぷりで、メルデルは妙に恥ずかしくなってしまった。彼女だけではなく、母も同様、弟はそんな雰囲気など感じることなく、サンドウッチに被りついていたる。
「メルデル、返事は?」
「はい」
そう催促されれば答えるしかない、
メルデルがしっかり頷くと、サラサンは満足そうに微笑んだ。
そうして外回りから戻ってきたベッヘンがお茶に加わる。いつの間にか肉や芋料理が運ばれ来て、本格的な昼食を取りながら明日の視察の段取りなどが話し合われた。
☆
雇い主たちの昼食の影で、ジャミンはケリーを見つけると人気のない場所へ誘い、事実を再確認しようと思っていた。
使用人たちの間でも評判がよく、ジャミンもケリーに好印象を持っていた。それがサラサンの子飼いだと知り、印象が変わった。
呼ばれたケリーは警戒心が薄そうに、彼の後ろのついて使用頻度の低い物置部屋へと歩く。扉を開けて部屋に入ると、ジャミンは扉を閉めた。
「ケリー。殿下から聞いた。お前は殿下の子飼いか?」
人当たりのよい執事の仮面を脱いで、彼は素でケリーを問い詰める。
不安そうな顔……をすると思いきや、ケリーは締まりのない笑みを浮かべて、クックックッと籠った笑う声をあげた。
「ケ、ケリ―?」
「その言い方。ゾクゾクしますわあ。やっぱりジャミンさんは私のもろ好みでしたわあ」
「は?」
小柄で働き者、素直な女性ーーそれがケリーの印象だった。しかし彼の前で妙な笑みを浮かべている彼女はまるっきり別人のようだった。
どことなく、その目が獰猛な色を浮かべていて、ジャミンはなぜか及び腰になる。
「ジャミンさん。まあまあ。私は取って食べたりしませんよお。食べるなら両想いになってからですう」
両手を胸の前で組んでうっとりしているケリーは、常軌を逸しているようで、ジャミンはますます警戒心を持つ。
ーー食べる?この食べるって意味は……
「あらあらあ。ジャミンさん、物凄い純粋さんなんですかあ?もしかして童貞?」
「な、何を言うんだ。お前は!」
とんでもない発言で、ジャミンは思わず声を荒げてしまった。
「しー、静かにしてくださいぃい。安心してください。私はあなたの味方ですう。あなたを手に入れるために何でも話しますよおお」
なにか寒気がするようなことを言われた気がしたが、それを聞き流してジャミンは問いかける。
「じゃあ、いくつか質問にこたえてもらってもいいか?」
「もちろんですう」
ケリーは腕のいい間者……のはずだった。
けれども己の欲のため、彼女は職務放棄しようとしていた。
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