第20話 オネエな王子と赤毛の執事
「ちょっと恥ずかしいわね。貧相な体ではないのだけど」
「で、殿下。脱ぐ必要はないですから!」
サラサンはジャミンの前でシャツを脱ぎ始めようとして、慌てて止められた。
「え?そうなの?ごめんなさいね。ふふふ」
ジャミンの頬は赤らんでおり、サラサンは笑いながらボタンをかけ直す。
「さあ、どこから計りたい?あなたの希望を言ってみて」
「……ではまず腰回りを」
「あらあら、恥ずかしいわあ」
妖艶に微笑む彼を無視して、ジャミンを手に持った巻き尺で腰回りを測ろうとする。
「手を挙げてもらっても構いませんか?」
「いいわよ」
声に不機嫌さを滲ませ始めて、サラサンはそれ以上揶揄(からか)うのをやめて素直に彼の指示に従う。そうして次々に寸法を測り、最後に足の長さを計ることにした。
自身の足元に屈みこんだジャミンにサラサンは声をかける。
「ジャミンは可愛いわね。でも、メルデルのことは諦めて」
すると彼は顔を上げた。
「あなたがメルデルのことを好きなのは知っているわ。それで、私のことが気に食わないことも」
「何をおっしゃってるのですか?勘違いです」
表情を、動揺を隠すためか、ジャミンは首を垂れ再び作業に戻る。
「埒が明かないわ。私、こういうの嫌いなの。私はメルデルを諦めないわ。彼女も私のことを好きになり始めてると思うし、きっと幸せにしてみせるわ。だから諦めてちょうだい」
「……信用できません」
「ふふ。やっと本音を話す気になった?信用できないって?」
覚悟を決めたのか、ジャミンを腰を落としたままだが、顔をあげ、サラサンにその茶色の瞳を向けている。
「あなたはメルデル様を騙す形で妃にした。そんなあなたを信用するわけにはいかない」
「騙す?何を……。まさかケリーが話したの?あの子ったら!」
「ケリー?なぜそこでケリーが?まさかケリーはあなたの駒なのか?」
「ち、違ったの?!ああ、なんで私はこう余計なことを……」
サラサンは口を押えて自身の失言を悔いる。
そんな彼に冷たい視線を向けるのはジャミンだ。
眼鏡の奥の瞳が逃亡を許さないとばかり彼を捉えている。
「あなたはケリーを使って、メルデル様の身辺を探らせていた。そしてメルデル様が女性であることを知った。それからキャンデル家の存続のために結婚を迫り、彼女を妃にした。卑怯だ。メルデル様が知ったら!」
「メルデルは知ってるわよ」
「は?」
「ふふふ。残念ね。メルデルはすべてを知っているの」
「まさか。それでもメルデル様は妃であることを続けると……。そうか、妃の座から降りることはできないのか。それをするとキャンデル家が危ない」
「わ、私はそんなことはしないわよ。確かに、最初は卑怯だったと思うけど。もし、もし本当にメルデルが嫌だったら、離縁してもいいわ。その時はキャンデル家には影響を与えないようにするわ」
「その言葉、本当ですね」
「え?ええ」
眼鏡の奥の瞳がきらりと光り、サラサンは再び後悔した。
ーーもし、イヤって思ったら、メルデルは……。このジャミンとは幼馴染のようだし、信頼しているみたいだし。私じゃなくて、ジャミンを選んだら……。
サラサンはメルデルに関してはまったく自信がない。
なので、そんな予想をして、絶望感に浸っていた。
「言質は取りました。これに署名していただますか?」
いつの間に用意したのか、ジャミンの手元には1枚の紙が握られている。
それにはご丁寧にメルデルが婚姻に同意していない場合、離縁をすることが可能。それによるキャンデル家の影響はない、と先ほどサラサンが宣言したことが書かれていた。
「用意周到ね」
「はい。私はメルデル様を支えるつもりでかなり努力してきました。なのでこれくらいは当然です」
ジャミンは挑戦状を叩きつけるように紙を差し出す。その目はサラサンを探るように凝視していた。
「わかったわ」
一瞬だけ迷ったが、サラサンは同時に渡された筆を取って署名した。
「殿下。数々のご無礼失礼いたしました。もし処罰するなら私だけに罰をくださいますように」
「馬鹿ねぇ。そんなことするわけないじゃない。メルデルが悲しむし、私は気にしてないわ」
「ありがとうございます」
安堵の息を漏らしてジャミンは返却された紙を大事そうに抱える。
こういう彼の真面目なところはメルデルに似ていると類似点を見つけ出して、サラサンは嫌な気持ちになった。けれども表に出さないようにして微笑む。
「さあ、メルデルも終わっているかしら。お茶でもしたいわね」
「畏まりました」
ジャミンは深々と頭を下げ部屋を出て行く。その背中を見送り彼は深く息を吐いた。
ーーメルデルは本当は、この結婚が嫌かもしれないわね。その時は……覚悟しなきゃ。
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