第19話 元男装伯爵の母
朝食を終えると、メルデルは引っ張られるようにして布選びに付き合わされた。部屋いっぱいに様々な柄の布が置かれており、ウキウキと楽しそうに母がしている。
「これは派手すぎでは?」
目が痛くなりそうなくらい色とりどりで、メルデルは思わず言ってしまった。
「そんなことはないわよ。これなんて、似合いそう」
「殿下。私もそう思っておりましたわ」
傷つけたしまったかと思ったが、メルデルの隣でサラサンが紫色の布を広げ、それに母リゼルが首を縦に振って同意する。
ーーよかった。母を傷つけるところだった。でも、これは、紫色はない。物凄い目立つと思う。
「殿下、母上。お気持ちは嬉しいのですが、この色は……」
「紫はちょっと嫌だったかしら?だったら、この青色は?殿下と同じ瞳の色だわ」
戸惑うメルデルに対して、リゼルが別の布を広げる。
その言葉通り、鮮やかな青色の布はサラサンの瞳と同じ色だった。
ーー同じ色。でもあまりにも鮮やかすぎる
「メルデル。この色じゃだめ?私の色であなたが染まってくれると嬉しいわ」
ーー私の色って、いやでも、これは……。
「この色にしましょう。メルデル。あなたが目立つのが嫌いなのはわかってるわ。でも、この色、本当に殿下の瞳と同じよ。腕によりをかけて作るわ。だから」
「メルデル。お願い。この色で作ってもらって」
二人にお願いされてしまい、メルデルは頷くしかなかった。
「殿下のジャケットも作ってもよろしいでしょうか?」
「も、もちろんよ。メルデルとお揃いで、母上の手作りなんて、最高だわ!」
「ありがとうございます。裁縫師生命をかけて丹精こめて作らせていただきます!」
ーー裁縫師??え?母上は裁縫師だったのか?
メルデルが愕然として見つめていると、宣言したリゼルは照れたように笑う。
「ふふふ。実は内職で色々なドレスを作っていたのよ。名乗っていないから私が作ったって知らない人も多いと思うわ」
ーーええ??
「母上、とても楽しみにしてるわ。でも無理はしないようにね」
「ありがとうございます」
リゼルが優雅に礼を取り布選びは終わり、メルデルはその後、サラサンと別々に寸法を取る作業に入る。
寸法を取るのはもちろん、リゼルだ。助手としてケリーが隣にいた。
「こんなにおっきくなっていたのね」
「母上、」
胸の寸法を測り感嘆され、メルデルは照れるしかなかった。
「なのに布で締め付けていたなんて、ごめんなさいね」
「母上が謝ることはない。私が選んだ道なのだから」
「それでも……」
弟が生まれた時、彼女は男装を辞めることもできた。娘として生きる事も。だけど、メルデルは男装を続け、今の状況に至る。
もし女性として生きていたなら、地方の伯爵の娘が第二王子サラサンの妃になることなどなかったかもしれない。
それを思えば、少しおかしく思えてきた。
「どうしたの?」
「いえ。男装していたので、殿下に会うことができたのだなあと思って」
「あら、メルデル。あなた、変わったわね。そういう風に前向きに考えてくれて嬉しいわ。私はずっと後悔していたの。ごめんなさいね」
「母上。だから謝る必要はない。好きでやっていたんだから」
ーーそう。私は辞めることができた。だけど、自分のために続けたんだ。自分という存在を必要に感じてもらうため。
「メルデル。サラサン殿下はとても優しい方ね。あなたも幸せそうでよかったわ」
「そう見えますか?」
「ええ」
ーーそう見えるんだ。母上には。確かに怒ったり色々あるけど、殿下の傍にいると落ち着くのは本当だ。だったら、ジャミンはなぜ聞いたんだ?彼には私が幸せそうに見えていないのか?そうなんだな。私も即答できなかったし。あの時は幸せっていうのが、よくわからなかったんだ。一緒にいて落ち着く、安心する。そういうのが幸せかもしれない。
「メルデル?どうしたの?」
「なんでもありません」
急に黙ってしまったためか、リゼルが心配そうな顔をしていた。それに答えながら、メルデルはジャミンに一度しっかり話をしたほうがいいと考えていた。
ーー彼は大切な幼馴染だ。ずっとそばで支えれくれた。女だって気が付いていたようだけど、黙ってくれたし。だから、彼には今の私の気持ちを話すべきだろう。彼はきっと心配して、あんな質問をしたのだから。
「さて、終わり。サラサン殿下のほうも終わっているかしら。あっちはジャミンに頼んでいるのだけど」
「ジャミン?」
「どうかしたの?」
「いえ」
ーー二人だけで話すと殿下に心配をかけてしまう。おかしな噂を立ててしまうのも問題だ。さてどうしようか?殿下に同席してもらうのは、物凄く恥ずかしい。そうなると……、そうだ。ジャミンの妹のジュリアに同席を頼もうか。昔話を二人でするため、お茶に誘う。これなら大丈夫だ。
メルデルはそう決めると、いつ実行に移すか、再び考えに没頭する。
ケリーがリゼルの背後からそんな様子をじっと見つめていたのだが、彼女が気が付くことはなかった。
「さあ、お茶にしましょう。ケリー、お願いね」
「はい。大奥様」
リゼルが振り返る前に、ケリーは気配を感じて視線をメルデルから外す。
そうして礼を取って部屋を出ていった。
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