第11話 元男装伯爵の幼馴染

「お兄ちゃん。メルデル様たち、領内に入ったって!」


 キャンドラ家の新執事であるジャミンに駆け寄ってきたのは実の妹であるジュリアだ。二人は両親を早く亡くし、元執事で現領主代理のベッヘンの養子になった。ジャミンが自ら望み14歳の時からベッヘンについて執事見習いをしていた。

 兄ジャミンは赤毛を撫でつけ、眼鏡をかけ、黒のスーツを纏っている。陽気に話しかけてくる妹は、くるくる巻き毛の赤毛で、天真爛漫な可愛らしい少女だった。

 ジャミンは現在18歳、メルデルと同じ年齢であり、幼馴染のような存在でもあった。


「どうしたの?お兄ちゃん?嬉しくないの?」

「……嬉しくなんてないさ」


 眼鏡の縁を指で押して、ため息をつく。


「お兄ちゃん。メルデル様が女の人だって知っていたら、なんで告白しなかったの?」

「できるわけないだろう。領主様だぞ」

「でも!」

「もう何もかも遅い。さて、迎えの準備をする。ジュリア、殿下の手前だ。粗相はするなよ。メルデル様を恥をかかせることになる」

「わかってるわよ。もう」


 ぷうと頬を膨らませて、ジュリアは返事をする。


「先に行ってろ。俺もすぐに玄関に向かう」

「はーい」


 新執事ジャミンは、軽い足取りの妹の背を見送った後、緩んだタイを締めなおすと、再度ため息をつく。


ーー本当は二度と会いたくなかったのに。


 メルデルが女性であることは今から2年前、16歳の時に気がついた。それまでは幼馴染であり、力になりたいと思っていただけであったが、女性と知るとそれは恋心に変わった。

 思いを必死に隠して過ごした2年間。

 執事になってメルデルの側で彼女を見守る、それを糧に生きてきたのだが、数ヶ月前見事にその思いを砕かれた。

 ジャミンはメルデルから、第二王子のことを聞いたことがある。王宮に頻繁にお茶のための呼ばれる。嫌な予感はしていた。

 彼は、第二王子がメルデルが女性であることを漏らし、それを利用して結婚を迫ったと考えていた。証拠がない上に、相手は王子だ。

 そんな話をするわけにもいかず、胸に秘めていたわけだが。


「確かめてやる。もしメルデル様が事実を知ったら、きっと……」


  ーー逃げるなら、俺はその手助けをする。


  事実と真意を見極めようと、彼は椅子から立ち上がるとゆっくりと玄関へ足を向けた。




 メルデルとサラサンの二人が再度馬車に乗り、揺れること少し、屋敷に到着する。

 サラサンが先に、メルデルがその手を取って馬車から降りた。女性扱いされるのも妃生活を続けていると慣れたもので、照れなどはなくなっていた。


「サラサン殿下、メルデル妃殿下、ようこそお越しくださいました」


 他人行儀に挨拶されるのは寂しかったが、メルデルは今は第二王子の妃であるので当然であった。

 領民に対しても本来ならばあのような態度をとるべきではなかったと少し反省しながら、弟のカイゼルと母のリゼルと久々に対面する。


「母上。そう呼んでもいいかしら?」


 サラサンはまず母リゼルにそう問いかけた。


「そのような恐れ多いこと」

「私は母上を早くに亡くして、こうして新しい母上ができたのがうれしいの。ダメかしら?」


 首をかしげて再度聞く。

 大人がする仕草でもないし、サラサンは男性だ。

 けれども、美しい彼がするとなんだか様になっていた。

 妙な雰囲気がながれ、それを破ったのはメルデルだった。


「そう呼んでもらったらいいのでは?殿下がそうしたいというのだから」

「そ、そうね。それでは、母上と呼んでいただけると光栄です」


 言い回しが少しおかしいがリデルがそう言うとサラサンが破顔する。


「ありがとう。母上」


 その微笑みは大輪の薔薇が咲いたごときで、メルデルは慣れているのだが、他のものはその色気に惑わされ惚けてしまっていた。

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