第二章 元男装伯爵はオネエな王子と領地へ戻る
第10話 領地にて
「……メルデル。もうすぐ領内でしょう?」
「はい」
メルデルとサラサンは馬車に向かいあって座っていた。
彼女は人前……部屋に出ると妃として、第二王子の妻として振舞うように、不機嫌な様子を見せないようにしていたが、やはり「間者に覗かせていた」事実は許せなく、部屋ではますます二人はギクシャクしていた。
それは馬車の中でも同じで、メルデルはずっと窓の外を眺めていた。サラサンから痛いほどの視線を感じていたが、領地のことを考えることでどうにか気を紛らわせていた。
もちろん問いかけを無視することなどはなく、質問されたら答えている。だが、返事は極力短く、多くの質問は「はい」、「いいえ」で終わっていた。
「メルデル。ごめんなさい。私はどんな償いをすればいいの?教えて」
涙声で問いかけられ、彼女は胸の痛みを覚える。
――わかってる。どうせ、いつかはばれることだったんだ。女の身で男の振りはいつまでもできない。でもあと5年……。無駄か。5年後、男と偽っていたことが明るみになっても同じ結果だった。殿下が結婚を申し出てくれなかったら、領地は取り潰されていたかもしれない。陛下を偽っていたことには変わらないから。
サラサンが間者を使って、メルデルが女性であることを探ったのは許せなかったが、妃になったおかげで彼女自身、家族、領地が取り上げられなかったのは事実だ。
――でも、許せないんだ。……どうして、探る前に私に直接確認してくれなかったのか……。
「メルデル……」
「殿下。償いなどとんでもございません。殿下のおかげで処罰を受けなかったのは事実ですから。ただ、もう少し時間をいただけないでしょうか?申し訳ございません」
「メルデル、あなたが謝ることなどないわ。頭を上げて頂戴」
「いえ、子どものような態度をとってしまって申し訳ありません」
「だから、そんな風に他人行儀にならないでよ。私たち夫婦でしょ?怒るのは当然よ。ね?」
いつの間にかサラサンは彼女の隣に座って、背中をさすっていた。
「殿下?!」
こんな風に近づくことは寝るとき以外なかなかなくて、メルデルは反射的に顔を上げる。
すると彼の美しい顔が目前にあって息が止まりそうになった。
「ま、待ってください!」
どさくさに口づけされそうなことに気が付いて思わずその口を手で塞いでしまった。
「やっぱり駄目?」
「じ、時間をください!気持ちが整理できていないので」
心臓が飛び出そうなくらい激しく鼓動を打っており、メルデルは視線を逸らす。
「ひっ」
ふと、ぺろりとサラサンの口を押えた手を舌で舐められて、おかしな声を上げて手を離してしまった。
「メルデルは甘いわね」
顔を真っ赤にした彼女に意味ありげな視線を送りながら彼は微笑んだ。
それが恐ろしいほどの色気を放っていて、メルデルは捕らわれないように必死に自分を保った。
☆
「サラサン王子殿下、メルデル様!」
領地に入るとすぐにそんな声援が聞こえてきて、幾分落ち着いた彼女は彼に馬車を止めていいか確認する。
「もちろんよ。降りましょうか?」
「よろしいのですか?」
警護上の問題もあり、屋敷につくまでは馬車を降りることができないと思っていたメルデルは喜びを隠せず問いなおす。
「もちろん。さあ、降りましょう。馬車を止めて頂戴。領民とふれあいたいわ」
サラサンは微笑んだ後、御者や護衛に命じた。
領地に入り速度をかなり緩めていた馬車は彼の命ですぐに停車することができた。
警護によって扉が開かれ、まずはサラサンが外に出る。
まぶしい光と懐かしい香りが一気に飛び込んできて、それだけでメルデルは嬉しくなる。
扉の外では彼が目を細めまぶしいものでも見るかのように彼女が降りるのを待っていた。
ーー何か、おかしいことしたか?
彼の様子にそんな疑問が沸き起こってきたが、外に出ると忘れてしまった。
領民から歓迎の声が次々と上がり、胸が熱くなる。
こうして戻って来られるなんて、夢のようだった。
「メルデル」
感激のあまり我を忘れていたようで、サラサンに囁かれ、メルデルは状況を把握する。領民たちが彼女の言葉を待つように顔を上げて見ていた。
どの顔も懐かしい顔ばかりで、胸がいっぱいになる。
「皆が元気そうでよかった。領地を去る際にも詫びたのだが、本当にすまなかった。こうして戻ってきて、皆から歓迎されて、私はとても嬉しい。ありがとう」
彼女が領主時代と同様に声をかけると、一気に喝采を浴びる。涙ぐむ者もいてメルデルももらい泣きしそうになった。
だが、軽い咳払いが隣で聞こえて、メルデルは思い出す。
「殿下!申し訳ございません!私よりも殿下が先に挨拶をすべきところを!」
腰をおってそのまま膝を地につけて詫びようとしたメルデルをサラサンが慌てて止める。
「もう、慌てん坊ね。私が咳払いしたのは、私のことを紹介してくれないからよ。じれったいから自分から紹介するわね」
第二王子が少し変わっていることは国民であればだれでも知っている。しかし噂として知っていただけで見たことなどない。
なので金髪碧眼の美青年が口を押えてほほほと笑う様子に、領民たちの動揺が広がる。
「サラサン殿下。私から紹介させてください」
表情をこわばらせる領民たちを前に、サラサンが少しだけ傷ついたように苦笑したのを見て、メルデルが彼の前に出た。
「皆、こちらが私の夫であり、第二王子であるサラサン殿下だ。殿下によって私は処罰を受けなくて済んだ。性別を偽っていたことを本当に申し訳なく思う。皆にも本当に迷惑をかけた」
彼女は集まった領民に頭を下げたが、皆からは頭を上げてくださいと次々に声があがる。
「みんな、安心して頂戴。私が夫になったからには、メルデルもあなた達も守るから」
力拳を作ってサラサンが宣言するが、彼の風貌とその言葉使いとはちぐはぐな動作でメルデルは思わず笑ってしまった。
しまったという思いは遅く、彼は口を尖らせる。
「あら?私、おかしいこと言ったかしら?」
「殿下。申し訳ありません。殿下と力拳という組み合わせが妙に合わなくて笑ってしまいました」
「失礼ね。私だって筋肉くらいはあるわ。こうしてあなたを持てるくらいはできるのよ」
不意にサラサンとの距離が縮まったと思うと、メルデルは横抱き……いわゆるお姫様抱っこをされてしまっていた。
「で、殿下。何をするのですか?!」
「ほら、みんな。私は力持ちなのよ。だから、安心してね」
戸惑う領民の前で、彼は片目を瞑り茶目っ気たっぷりだ。
どこにそんな力があるのか、メルデルを抱いている腕に揺るぎはない。
「は、離してください」
「いーや。さあ、みんな。元領主のメルデルはこうして私が守るからね。領民のみんなを守るという言葉にも嘘はないわ。信じてくれる?」
「し、信じますから」
お姫様抱っこの状態はかなり恥ずかしくて、彼女は首を左右に振って放してくれと訴える。
「はい、信じます。メルデル様を降ろしてくださいませ」
領民からもメルデルに同情したものたちが声を上げ始め、サラサンはようやく彼女を地面に降ろした。
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