第9話 嫌いじゃない証明
「メルデル。それって私のことが嫌いってこと?」
「は?えっと」
部屋に戻ってきたサラサンに早速、メルデルは個人の部屋のことを相談する。
途端に泣きそうな顔をしてそう言われてしまった。
「嫌いじゃないですよ。怒ってますけどね」
「嫌いじゃない?本当?」
怒ってるという部分は無視され、目を輝かせて彼は聞いてくる。
それはまるで子犬のようで、頭を撫でたくなる衝動に駆られたが、辛うじて止めた。
「嫌いじゃありません。殿下は王族なのですから。嫌いなどとはとんでもない」
「王族……」
先ほどの喜び具合はどうなったのか、今度はしゅんと凹んでしまう。
感情の起伏についていけず、メルデルは思わず溜息をもらす。
「王族だから我慢してるけど、本当は嫌いなのね。だから、別の部屋が欲しいのね?」
「だから違います。えっと、嫌いではないです。本当です。だけど、一人になりたいときもあるのです。殿下もそうでしょう?」
「そんなことはないわ」
サラサンから同意を得られると思ったのだが、間髪いれず断言されてしまい、メルデルは言葉につまった。けれども、ここで負けてはいけない。どうにか口を再び開いた。
「代々、王子の妃たちはそれぞれの部屋をあてがわれたようです。その先例にのってお願いできませんか?」
「そこまで私と一緒にいるのが嫌?」
「違いますから」
あまりにもシツコイので、メルデルは少し声を荒げてしまった。
「ああ、やっぱり嫌いなのね」
「違います」
「だったら証明して?」
「は?」
「ちゅって頬に口づけしてくれる?」
「はあ?」
――何を言っているんだ。殿下は。大体私は怒ってるんだ。理不尽すぎて。だから!
目の前のサラサンは少し頬を赤らめて期待した目で彼女を見ている。
「……駄目です」
「だったら、嫌いなのね」
「ええ。嫌いです。だから個室をください!」
このやり取りが不毛に思えてきて、メルデルははっきりそう答えてしまった。すると彼は子供のように部屋を出て行ってしまった。
☆
「お前は馬鹿か?」
「……私はメルデルにとても同情しますわ」
部屋から出て行ったサラサンを回収したのは、第一王子ザッハルと妃のラリアであり、彼らの部屋に連れて帰るとみっちりと説教する。
「今度こそ、お前は嫌われたな。なんでそんな馬鹿みたいなことを言い出すんだ?」
「だって、証明が欲しかったの」
「だからって口づけはあり得ませんわ」
二人の前で縮こまるサラサン。
侍女は遠ざけられ、部屋の中は3人だけだ。
「俺は言ったはずだ。メルデルはお前のことを嫌いではないと」
「そうですわ」
「でも、王族だからって」
「メルデルの性格ならそう答えるでしょう。堅物なんだから。そんな堅物に口づけを要求するなんて」
ラリアは扇子を顔を覆って大きな溜息をつく。
「キャンドラ領でどうにか挽回するんだな。そうじゃないと本当に嫌われるぞ」
「……本当にって。今は嫌いじゃないってこと?」
「だから、そうだ」
「ええ。今日だって、あなたこと物凄い気になっているみたいで可愛かったわ」
「え?どういうこと?」
ラリアから微笑みと共に漏らされた台詞にサラサンは食いつく。
「それは俺も聞いてないぞ」
「あら?話すのを忘れてましたかしら?ふふ。勿体ないので話しません。けれども、サラサン殿下。慎重に事を運んでくださいね。特に、好きなら好きってメルデルにきちんと気持ちを伝えるように。突然嫌いじゃない証明のため、口づけしてくれなどと、二度と言ってはいけませんわよ」
「わかってるわ」
「本当にわかってるのか?」
「ええ」
サラサンの返事に二人は顔を見合わせる。
「信じてないようね。これからは気を付けるわ。後、メルデルに私の気持ちを伝えるわ。きっと、この愛を知れば……」
彼はそう気合を入れたが、その背後で第一王子と妃はこれからまだまだ波乱を続きそうだと首を横に振っていた。
☆
「メルデル。変なことを言ってしまってごめんなさい。あなたの部室はキャンドラ領から戻ってきたら用意させるつもりだから」
「ありがとうございます。……あの、私も嫌いなんて言ってしまってすみません。このことは謝罪いたします。けれどもやはりあなたが私を陥れたことは許せないのです」
「陥れる……確かにそうね」
サラサンの瞳に影が落ち、メルデルの気持ちに迷いが出てくる。
彼が部屋を出て行き、彼女は一人でいろいろ考えた。彼が自分のことを思ってくれているのは事実だ。騙すような真似はされているが。
その部分は許せないが、このままギクシャクして生活するものよくないと考えたのだ。
だから、腹を割って話そうと心を決めた。
ーー私はここから逃げられない。それならば思ったことを口にすべきだろう。
メルデルは彼をまっすぐ見つめながら言葉を続けた。
「騙すのではなく、初めから話してくれたらよかったのに。あの、私と結婚したいと。大体いつ、私が女だと気がついたのですか?」
これはずっと聞きたかった話だった。
伯爵になって3年、特に王宮を訪ねる時はいつもの倍も気をつけていたはずだ。胸も布でしっかり抑え、もし月のものがあった場合は、病気ということで王宮に足を踏み入れなかった。
けれども、サラサンは知っていた。
「なんとなく香りが違う気がして調べてみたの」
「香り?調べる?」
「あなたの領地にちょっと間者をいれて」
「え?」
「ごめんなさい。とても気になって」
間者などトンデモナイ言葉が出てきて、メルデルは目を丸くする。
「あなたの家の人は口が硬かったわね。だけど、月に数日あなたの洗い物が増えることや、衣服に不可思議な布が紛れていたり、おかしいと思ったの。そして、間者はあなたが女性であることをその目で確認した」
「も、もしかして、覗きですか!」
「の、覗きなんて。私だって間者から聞いて一瞬イラっとしたわ。私が代わりに間者になりたいくらいだった」
「は?なんですか、それ!」
「ごめんなさい。メルデルがとても好きで、気になって、あなたのことを全て知りたかったの。許してくれる?」
サラサンは悪さをして許しをこう子犬のように可愛らしかったが、それとこれは別だ。
どれくらいの間がわからないが、洗い物まで調べられて、その上、覗きまでされたのだ。
「許せません!」
「メルデル……」
話したはいいが、知りたくなかったことまで聞いてしまい、メルデルはひどく後悔していた。
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