第12話 迷子な気持ち
「彼が領主代理人のベッヘンです」
メルデルに紹介され、初老の白髪の男性がサラサンに挨拶をする。
玄関先で始まった自己紹介で、彼が希望し、彼女は玄関に集まった者をすべて紹介していくことになった。
「彼は、ベッヘンに代わり現在執事を務めるジャミンです」
「サラサン殿下。ジャミンでごさいます。若輩者ですがキャンドラ家の執事を務めております。何なりと御用をお申し付けください」
赤毛の執事は一歩前に出ると、深々と頭を下げる。
「ジャミンね。いい男じゃないの。よろしくね」
サラサンの微笑みに、ジャミンも笑みを返し、挨拶は円満に交わされた。そう思ったので、メルデルだけで、サラサンは間者を介してジャミンの想いを知っており、彼の出方を図ろうとしていた。
☆
「さあて、散歩でもしましょうよ」
到着した日は視察をする予定は組み込んでおらず、部屋でくつろぐ予定だった。けれども、サラサンは荷を解き、連れてきた侍女や警護の騎士たちに指示を出した後、メルデルを誘う。
二人が滞在する部屋は客間だ。
白地で統一され、装飾が美しい部屋で、サラサンは気に入ったようだった。
「疲れてる?」
「そんなことはありません。むしろうれしいくらいです。殿下はお疲れではないのですか?」
「疲れてないわ。行きましょう。案内してくれる?」
「もちろんです」
散歩への誘いは願ってもないことで、メルデルは自然と笑顔で返事をしていた。
それをサラサンは嬉しそうに眺め、見つめらていることに気がついた彼女は頬を赤く染める。
ーーなんでこんなに動悸がするのか。見つめられることなんてよくあることなのに。
逃げるように顔をそらしてから、メルデルは王子を案内しようと扉の取っ手に手をかけた。
日が傾きかけており、警備のことも考えて散歩は屋敷の敷地内を歩き回るだけになった。
敷地内といっても、畑などがありちょっとした散歩には十分過ぎる大きさだった。
「やっぱり空気が違うわね」
「ええ」
サラサンの隣に並び、メルデルはうなづく。
彼の笑顔を見ると嬉しくなる。
抱いていた怒りの感情はいつの間にか消え去っていて、彼女は戸惑っていた。
ーー簡単に忘れていいことじゃないのに。どうして私は許してしまうんだ。
相手は王子とはいえ、間者を使って彼女の身辺を調べ、しかも覗かせていた事実は怒りを持つには十分だ。その上、彼は彼女を救うように結婚を持ち出したが、結局その状況に追い込んだの彼自身だった。
そんな彼を王子とはいえ、簡単に許してしまう自分が少しだけ情けなく思い、メルデルは緩んだ表情を引き締める。
ーー私は必死に男としてやってきた。領主としても力を尽くした。それを彼はいとも簡単に壊した。だけど、私は……。
「メルデル?」
サラサンは少し腰をかがめ、彼女に問いかける。
彼の青色の瞳に影が落ちていた。
ーー殿下は……。
怒り、けれども別の感情が彼女に沸き起こる。
それを悟られたくなくて、彼女は俯く。
ーーうつむいてばかり。自分らしくない。情けない。
妃になってから戸惑うことばかり、騙されていたのに怒りすら消え失せそうになる。そんな自分の感情にも追いつけずにメルデルは途方にくれていた。
「……ごめんなさいね」
謝罪の声に顔をあげる。
日が大地に沈みかけ、世界は光を失いつつあった。
彼の金色の髪はそれでも輝いていて、その青い瞳に迷子のような自身の情けない顔が映っている。
「本当にごめんなさい」
「殿下……」
ーー謝罪なんて必要ない。そんな顔をさせたくない。あなたの笑顔がみたい。
胸が締め付けられる思いがしたが、メルデルはなんと答えていいかわからなかった。
「殿下、メルデル様」
足音と共に後方から声がした。
「夕食の準備が整いました」
それは執事のジャミンで、彼女は思わずほっとして息を漏らした。
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