第6話 第一王子の提案


「このお茶は本当に美味しいよな」


 サラサンの部屋に突然訪ね、侍女にお茶の準備をさせてしまったのは第一王子のザッハルだ。サラサンはすでに故人である王妃によく似た美形に対して、ザッハルは王と同じ髪色と瞳、しかし顔立ちは平凡で凡庸な外見をしていた。

茶色の髪に同色の瞳、陽気に笑いながら、顔を顰めている弟に話しかける。


「何なの?いきなり来たりして?」


 サラサンの口調は兄に対しても同じだ。

 

「いやあ、可愛い弟が心配でな。美容などと気にしていたお前にしては珍しく肌がカサカサだぞ」

「うるさいわね。そういう兄上はいつもカサカサでしょう?」

「俺は気にしないからな」


 がははと笑う兄を睨みながら、用意されたお茶を飲む。

 メルデルの領地、キャンドラ領特産のお茶の風味にイラついていた気持ちが少し落ち着く。


「なあ、隣国からこのお茶について問い合わせが来てただろう?お前、メルデルの領地に行って、視察してこないか。現地で色々見たほうが隣国に説明しやすいだろう?まあ、行かなくてもメルデルが全部説明してくれそうだが」

「そうよ。メルデルなら……」


 そう答えて、ふとサラサンは兄の別の意図に気が付く。


「いいの?」

「お、察しがいいな。いいぞ。メルデルと一緒にキャンドラ領に視察に行ってこい。ついでにゆっくりして、仲直りもな」

「仲直り……」


 喧嘩というものではなく、一方的にメルデルを傷つけてしまっている状態。

 仲直りなど、そんなことは不可能だとしか思えなかったが、彼女の気持ちが少しでも和らいでくれたらいいなと、サラサンは兄の申し出を受け入れることにした。



 お茶会の後、図書館に行くには時間が過ぎていて、メルデルは仕方なく部屋に戻ることにした。

 扉を開けると、何か話したげなサラサンがいて、無視をすることも考えたが、彼女は話しかける。


「何かありましたか?サラサン殿下?」

「あの、えっと。一緒にキャンドラ領に行かない?」

「キャンデル領?いいのですか?」


 思ってもみない話で、メルデルは素っ頓狂な声を上げてしまう。その後、口を押えたが。


「隣国がキャンドラ領のお茶に興味があるみたいで、私はそこまで詳しくないでしょう?だから視察を兼ねて行こうかと思っているの?あなたも一緒に」

「もちろん、行かせてください!」


 反射的にメルデルはそう答えていて、サラサンは嬉しそうに微笑む。

 数日ぶりにみた彼の笑顔に少しだけ罪悪感を覚える。

 自身の態度があまりにも頑なであったため、ここ数日サラサンの表情はさえなかった。やはり彼には笑顔が似合う、そんなことを思ったが、やはり許せないことは許せない。

 メルデルの表情が曇ったためか、サラサンの笑顔も消える。

 そうして再び二人の雰囲気がギクシャクしたものに変わってしまった。


 ――わかってる。自分のせい。前みたいに接すれば、こんな雰囲気にならないのに。だけど、私は……


「メルデル。実家に戻るのであれば何かお土産に買っていきたいものがあるでしょう?明日、一緒に街に出かけない?」

「ま、街ですか?」


 突然の提案に、メルデルは目を瞬かせる。


「嫌ならいいけど」

「そんなことは、」

「だったら決まりね。明日の外出の許可をとってくるわ」


 サラサンがまた嬉しそうに微笑んで、メルデルは少し見惚れてしまった。彼は軽い足取りで王から外出許可をもらうために部屋から出て行く。


 ――私は怒ってるはずなのに。


 残された彼女は、怒りを思い出し緩んでしまった表情を元に戻した。

 本当はサラサンに笑顔でいてほしいし、前と同じように接したい。一緒にお茶や晩酌をして色々なことを話ししたい。

 そんな気持ちはあるのだが、それをすると伯爵を務めていた自身を否定するような気分になって、メルデルは今の状態を打破できなかった。



「余計なことをしてしまったかもしれないわ」


 ラリアがお茶にメルデルを招き、仲直りの手伝いをしようとしたのだが、失敗してしまい、彼女は夫である第一王子に相談をしていた。


「うーん。大丈夫だろう。明日は二人で街に行くらしいし」

「街へ?仲直りしたのかしら?」

「いいや、まだだろう。キャンドラ領に戻るから、そのための買い物だと思うぞ。まあ、少しは距離も近づくかもしれないが」

「そうだといいわ」


 ラリアはキャンドラ領のお茶を飲みながら、サラサンとメルデルの二人のことを思う。ザッハルの誕生パーティーでみた二人は仲良さげだった。

 メルデルの伯爵の姿がまだ目に焼き付いているラリアは、少しだけサラサンに意地悪な想いを抱いたのは確かだ。

 メルデルが本当は女性であることを彼が漏らし、彼女は伯爵の立場を失った。そうして彼と結婚せずにはいられなくなった。手段としてはやはり強引すぎて、納得がいかなかったのだ。なのに、今日は彼女ではなく、サラサンの立場に立って口を挟んでしまったかもしれないと、ラリアは今日のお茶会を反省する。


「どうしたんだ?愛しい人よ」

「反省してるの。メルデルをもっと傷つけたかもしれないって」

「……俺にはわからないな。だがサラサンが強引だったのは確かだ。メルデルが許せないのはわかる」


 ザッハルの言葉にラリアは頷く。


「俺たちは見守るまでだ。サラサンは間違ったことをした。それを挽回できるかどうかはあいつ次第だ」


 第一王子はまだ心配そうな顔をしている妻へ口づける。


「殿下」


 その優しい口づけに答えながら、ラリアは二人の幸せを願った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る