第7話 女装王子と男装妃
「許可もらってきたわよ。でもお忍びですって。まあ、王子として降りると護衛がトンデモナイ数になるからいいけどね。メルデルもそれでいいかしら?」
「もちろんです」
実家、元領地、キャンドラ領に一時的とはいえ、戻れるということで、メルデルは自然と態度が軟化していた。また、嬉しそうにしているサラサンを見ていると、張り詰めた気持ちが落ち着くこともある。
領地内で、第一子として男装している時は慣れたもので緊張することはなかったが、父が亡くなり当主となってからは、毎日が緊張の連続だった。特に王宮へ呼ばれたり報告に来る際などは、足が震えそうになったのを覚えている。
そんな中、サラサンとお茶するのは彼女にとって癒しになっていた。
周りをまったく気にしない振る舞い、天真爛漫にも見えるサラサン。出会いははっきりと覚えていないが、彼から話しかけられたことがきっかけになっていた。それからお茶に誘われ、他愛のない話をする。
サラサンもメルデルとお茶をするのが楽しみにしていたのか、報告の必要もないのに王宮に呼び出されることもあった。
第二王子は男好きと知れ渡っているので、密かに心配してくれる貴族などもいたが、メルデルにそのような態度を取ることはなかった。
気に入られているというのはわかったが、むやみに接触してきたりはしなかった。彼よりも夜会に出ると距離を詰めてくる女性のほうが怖かったくらいだ。
「弟くんは今10歳よね。どんなものがいいかしら。お母様はきっと香水よね」
考え事をしているうちに、サラサンは明日の予定を立てはじめていた。
「1か月ぶりの領地よね。他にお土産を買っておきたい人なんかいる?」
「……はい」
「いるの?」
メルデルがそう返事すると、形相を変えて聞いてきて、思わず引いてしまう。
「ごめんなさい。ええ、そうよね。そうよね。えっと男の人?」
「男、まあ、男性ですね。でも男性だけじゃないですよ。女性もいるので」
「ど、どういうこと?」
目を丸くしていて、彼女は首を傾げる。
サラサンが驚いている理由がわからないのだ。
「代理人に、執事に、侍女長に、家の者には何かを買っていきたいのです」
「代理人、執事……」
メルデルの言葉を聞くと、ふいに彼が頬を赤くする。
「え?どうしたのですか?やはりやめたほうがいいのでしょうか?」
「そ、そんなことはないわ。買って帰りましょう。ばんばんと。私が選んであげるわ。男も女もばっちりよ」
なぜか頬を赤くしたまま力まれ、メルデルは頷くしかなかった。
――殿下はやっぱり面白い人だ。ああ、でも怒ってるはずなのに。だめだ。だめだ。彼は私に嘘をついたんだ。許せない
緩んでしまう表情と心を引き締めて、メルデルはサラサンに視線を戻すが、やはりすぐに流されそうになっていた。
☆
元気を取り戻した彼の提案で、サラサンは女装、メルデルは男装をして街に降りることになった。
彼の身長は平均男性より少し高く、メルデルと異なり女装について心配したが、すっかり美しい令嬢に変身していて、メルデルは驚いた。
「念願のドレス!でも苦しい。これは結構きついわね。メルデル、いつも大変ね」
「は、そうですね」
サラサンに労われ、メルデルはとりあえず頷く。
彼女が正式なドレスを身につけるのは、限られている。
それ以外は侍女が気を利かせてコルセットなしの緩い服を着せてもらっていた。
彼は胸に詰め物までしているようで、どこから見ても女性にしか見えない。
メルデルは慣れたコートにズボンを身に着けている。
「私の方が背が低いのでバランスが悪いですね。靴の底が高いものを履きましょうか?」
「そんなのはだめよ。足が痛くなっちゃうでしょう。いいのよ。背の高さなんて」
サラサンががっちりコルセットで締められているのに、自分が楽をしていいのかと思ったが、強く言われたので、靴底の浅い普通の靴を履いて、二人は馬車に乗り込む。
護衛をする騎士たちは三人で馬でついてきており、街の近くで二人のように徒歩に切り替える予定だった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ!」
弟と母への買い物を済ませて、家の者たちのお土産へと移動しようとすると顔色の悪いサラサンに気が付き、メルデルは尋ねる。
元気よく答えられるが、どうも体調が悪いのは本当のようだった。
「王宮に戻りましょう。殿下」
お忍びということで、彼女は囁くように殿下と呼びかける。すると、また顔色が悪いはずなのに頬だけが少し赤くなった。
やはり病気だと再度問いかけようとしたら、サラサンが休憩を申し出た。
「お茶を飲みましょう。ね?」
「……はい」
どう考えても王宮にもどったほうがいいのに、強引に言われメルデルは頷くしかなかった。視界の端に付いてきている騎士たちにはサラサンが目配せ済みで、お店も前から決めていたらしく、彼は迷うことなくメルデルを店に連れて行った。
「メルデル。ドレスはたのしかったけど、着替えて来るわね。この格好じゃ、思うように歩けないし、楽しめないわ」
「はい」
着替えを用意していたことに驚きながらも頷く。
店の者とは知り合いのようで、軽口を叩きながらサラサンは店の奥へ行く。応対するのは赤毛の胸の大きな女性だった。
肩を叩きあったりとても親し気で、メルデルは少し嫌な気持ちになる。
――私は殿下に怒っているはずだ。だから、何を気にしてるんだ。大体、殿下が好きなのは女性じゃなくて、男性だ。
自分のことが好き、愛していると言われたにもかかわらずメルデルは信じておらず、そんなことを考えてしまう。
赤毛の女性が手伝ったのか、サラサンは早々と着替えを終わらせて現れた。メルデルが身に着けている黒のコートを同色のものを羽織っている。
「ふふ。お揃いにしてみたの。似合う?」
「殿下であればもう少し明るい色の方が似合うと思います」
彼女の髪色は漆黒。
なので黒や灰色といった色合いを好んでいたが、サラサンは金髪なので、明るい色のコートが似合う。そう思って答えのだが、彼は少しがっかりしているように見えた。
――殿下はよくわからない。前はこんな風じゃなかったのに。
彼に振り回されている気がして、メルデルは溜息をつく。
「退屈?王宮へ戻りたかった?」
「そ、そんなことはないですよ」
溜息をついたのはまずかったと慌てて答えるが、サラサンは少し悲しそうにしていて、その後の買い物はぎこちない雰囲気ですることになってしまった。
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