第5話 ぎこちない二人

 第二王子サラサンは、その個性的な性格と嗜好のため、王位継承権を保持していたが、候補外とされていた。しかしながら、男装していたとはいえ、女性と婚姻を結び、その嗜好に関して距離を置いていた貴族たちから支持され始めた。しかもその妃は、優秀は伯爵として一目置かれていた存在だ。


 そのため日増しにサラサンの元を訪れる貴族も増えてきた。それと共に妃であるメルデルに面会を請う者が出てくる。彼女の一存で面会をしてもよいか判断がつかず確認するしかなかった。

 本来ならば、確認したくもないし、貴族たちに会いたいなどとも思わない。

 けれども、自分の意志はもはや存在しないと考えているため、メルデルは心を殺してサラサンに問いかけた。


「殿下。オクデリア伯爵が私に面会を求めているようなのですが、いかがいたしましょう」


 彼から真相を語られて以来、メルデルは極力彼を避けていた。同じ部屋、しかも寝室も同じなので、できることといえば、一緒にいる時間を減らすことだけ。図書館や中庭に頻繁に出かけては、今後のことを考える。

 王宮から、妃という立場から逃れない。逃げるという選択は弟に、家族に、使用人、領民に迷惑をかけてしまう。

 なので妃業を全うするしかないのだとあきらめの境地に至っていた。

 サラサンから何度も詫びられたが、彼女は許せていなかった。

 男装していたことも、伯爵として尽力していたことも、すべて否定された気になっていたのだ。

 いっそう、サラサンをののしり、不敬罪を問われることを望んだこともあったが、それでは多くの人に迷惑をかけてしまう。なので、彼女は日々淡々と過ごしていた。


「メルデル。あなたが会いたくなければ会わなくてもいいのよ。私に確認しなくても大丈夫」


 幾分やつれたように見えるサラサン。

 よく眠れていないのか、それはメルデルも一緒なのだが、青い瞳は濁り、少し艶が抜けたような金髪が痛々しい。

 自身の態度のせいだとわかっているが、メルデルは以前のように彼に接することはできなかった。


「確認はこれからもいたします。あなたは私の主ですから」

「主。メルデル……」


 青い瞳が泣きそうにうるんだような気がして、彼女は視線をそらした。


「会ってみます。その内容については報告書にまとめるつもりです」

「報告書……。メルデル。私たちは夫婦なのだから」

「殿下。私はこれから侍女に面会のことを伝えながら、図書館に行ってまいります」

「わかったわ。騎士をつけていくように」

「はい」


 大きなため息とともにサラサンに答えられ、彼女は一礼をすると部屋を出る。


「……私はなんてことをしてしまったのかしら。これじゃ、前のほうがずっといいわ。ごめんなさい。本当に」


 部屋に取り残された王子は、机の上に置かれた紙を握りつぶす。


「きっとメルデルは一生私を許さないつもりね。……自業自得だわ」


 愚かな自分の思いを遂げるため、彼女がこれまで築いてきたものを破壊してしまった。

 その意味を痛いほど噛みしめ、サラサンは天井を仰いだ。



「さあ、召し上がれ」


 中庭のテーブルいっぱいに甘そうなお菓子が並べられている。

 向かいに笑顔で座っているのは第一王子妃のラリアだ。

 銀髪の巻き毛に少し冷たい青色の瞳をしているので、一見冷めた印象を受けるが笑みを浮かべると印象はがらりと変わる。

 メルデルは侍女に面会の件を進めるように伝えた後、図書館に向かっていたのだが、その途中でどうみても待ち伏せしていたようなラリアに遭遇してしまった。

 お茶に誘われ、断るなど無理なことで、そのまま一緒に中庭まできてしまったのだ。


「あら?甘いのはダメだったかしら?」

「いいえ、そんなことはありません」


 実際に甘いものは大好物だったのだが、男装しているときは太ってしまうのが怖くてあまり食べていなかった。王宮にきてもなんだか遠慮してしまって食べておらず、こうして目の前にたくさん並べられているのは夢のようだ。


「これがおすすめなの。食べてみて」


 手をつけない彼女を見かねて、侍女が持ってきた皿にラリアは砂糖がまぶされた丸い小さなケーキを載せる。侍女がそれをメルデルの元へ運び、どうぞと微笑まれ、恐る恐る食べてみる。

 

「おいしい」


 外側はシャリシャリと砂糖の歯ごたえ、中はしっとりとしたスポンジケーキでメルデルは甘さに浸ってしまった。


「でしょう?こっちも食べて」


 次々に甘いものがメルデルに給仕され、勧められるので食べる。残すのは性分が許さないため、間食し、とうとう甘さと満腹感のためかぼんやりとしてきた。

 そのため、ふいにラリアが口にした言葉を理解するのが遅れてしまった。


 --サラサン殿下のことを許してあげてね。


 第一王子妃の言葉を理解して、それまでの満腹感やらなにやらが霧散した。

 こみ上げる感情は怒りだ。

 

 --あなたには私の気持ちは理解できない。


 そう怒鳴り返したい気持ちをぐっと我慢した。

 メルデルの怒りは伝わっていたようで、ラリアがすぐに謝罪する。


「ごめんなさい。余計なことを。でも嫌わないでね。サラサン殿下のことを」


 --あなたからそんなこと言われなくても、嫌いにはなれない。ただ酷く自身のこれまでの人生を否定された気がして悲しみと怒りがこみあげてくるのだ。


 そう思ったが、メルデルはそんな気持ちを漏らすことはなかった。

 黙っている彼女を見つめるラリア。

 沈黙が場を制した。


「……かしこまりました」


 最初に口を開いたのはメルデル。

 視線を伏せたまま了承の意志を表す。


「メルデル。私は命令してるわけではないの。ただ……。何をいっても無駄ね。きっとあなたをもっと傷つけるだけね。今日は少しでも甘いものを食べて心が癒されたならうれしいわ」

「お心遣いありがとうございます」

「もう、他人行儀なんだから。あなたは私の妹なのよ。弟でもよかったけどね。あなたが伯爵だったころ、私もファンだったのよ。ザッハル殿下に嫉妬されるくらい」


苛立ちを必死に隠しているメルデルを知ってか、知っているのに敢えてか、ラリアはにっこりと笑う。

ファンなどとも言われ、毒気が抜ける。


「またお茶に付き合ってね。今度はもっとおいしいお菓子を用意しておくから」

「……ありがとうございます」


お茶会はそう締めくくられ、メルデルは少し呆然としつつ、椅子から立ち上がり優雅に中庭を侍女と騎士たちを出て行く第一王子妃を見送った。

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