勇者になれなかった男
進み続けること数分。最初に気づかれたのが無かったかのように、行き止まる。
「おいおい、さっきの奴らはどこに行った。もう行き止まりで、行くところがないんだが」
「…ゴブリンは夜目が利きます。そして、あなたはライトの魔法でしか光源を持ちません。ならば、答えは一つでしょう?あなたには見えなくて、彼らには見える道があるんです」
「む、俺はちゃんと隅々まで照らしていただろう。いや…待てよ。最近読んだラノベだと…罠か!」
何かが飛んでくる。反射的にそれに対して行動をとったことは評価していい。
ただ、不味かったのはそれが何か気づかなかったこと、そして、剣で応戦することを選んだことであった。
飛んできたそれはガラスで出来た瓶。剣で受ければ、剣が勝つのは間違いない。運が悪かったのは当たりどころ。安物の剣での迎撃は、ガラスの瓶を割るところまでは良かった。
しかし、剣諸共である。根元からポキンと情けなさそうに折れた。
さらに、瓶の中身は酒である。その中身は彼を水浸しに、もとい酒浸しにした。
そして、目の前には無数の灯り。ゴブリンには必要ないはずであろう灯り。
火だ。
こちらに向かって投げつけられる。酒を全身て受け止めた彼に引火すれば、人たまりもない。
「くそ!どうなってやがる。俺の知ってるゴブリンはもっと阿呆で馬鹿で雑魚のはずだろう」
だが、回避したところで既に彼の運命は決定していた。
足元に投げられた松明は地面の酒に引火し、居場所も奪っていく。
彼に出来ることは捨て身で特攻をかける。ただ一つであったが、その思考は居場所と共に奪われてしまったのであろう。
「あ、そうだ。お前。助けてくれ。お前もこんな所で俺と一緒に心中なんてゴメンだろ?この危機を逃れる手段の一つや二つ持ってるんだろ?」
「それはまぁ、無いこともないですが…」
「なら、助けてくれ。貸でも何でもいい。とにかく、この場を切り抜ける何かを俺に与えてくれ」
「それは無理ですね。貴方が出来ることであれば、教えましょう。助言を求められれば、嘘偽りなく答えましょう。しかし、今回に関しては私にも貴方にも出来る事はありません」
こちらに飛んでくる松明を説明の続きとサービスを兼ねて、手を振るだけで消滅させる。
「私の仕事は貴方の手助けも含まれてはいますが、貴方の最期を見届けるのも仕事なのです。だがら、その最期を曲げるようなことは極力避けないければならないのですよ」
呆然とした数秒で投げられた松明は彼に到達した。反射的にそれを弾いたのはいい。だが、腕で弾いてしまう。
腕にもしっかりとかかっている酒に引火し、地面の酒にも引火し、彼はあっという間に火だるまになった。
「うわぁぁぁあ。熱い熱い。嫌だ嫌だ。死にたくない」
生にしがみ付くような言葉は直ぐに怨みつらみに変わる。元の世界の物からこの世界の不平不満。
しかし、それも長くは続かない。喉が焼けてしまったのか、彼から発せられる音は地面を転がる音と火の燃える音のみである。
やがて、その動きも止まり、完全に沈黙した。
勇者に憧れた男は勇者にはなれなかった。
異世界案内人 蒼傘 @aogasa
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