勇者になりたかった男 6

 洞窟の中は最初こそ、入り口の日が差して薄暗い程度であったが、日の届かないところまで行くと途端に暗くなる。


 ゴブリンは夜目が利く。だから、灯りは必要ない。だから、洞窟でも灯りを付ける、という文化は無い。


『ライト』


 先ほど教えた小さな光源を作るだけの魔法。宙に浮かんで、使用者の回りを浮かんでいるだけだが、ある程度は自由が利く。例えば、前に進むように念じればその通りに、魔力を多く込めれば灯りも強くなる。


 ただし、乗算的に魔力の必要量が増えるため、効率は良くない。むしろ、量を増やしてばら撒いた方がマシかもしれない。


 彼の魔力は決して少なくはない。しかし、多いのかと言われればそうでもない。だから、無駄遣いは避けるべきである。


 そのアドバイスも素直に受けいられ、前方の四隅に光を配置し、自分の周りにも浮かべていた。


 私は夜目が利くので、問題はない。


 だが、灯りを付けることが何もかもプラスになるわけではない。


「グギャギャ」


 そう。夜目が利くゴブリンからすれば、遠くに見える灯りに先に気づくのも自明の理であろう。


 だが、先の戦闘で勢い付いたこともあって、遅れを取ることがないというのもまた事実。


 飛びかかってくるタイミングに合わせるように、一匹二匹と切り伏せる。


 圧倒的な力の差。それを見せつけた彼を恐れるように、ゴブリンは撤退をしていく。


「え?逃げるのか」


 彼にとってのゴブリンのイメージ像とは異なっていたのか、その光景をただ見逃す形でゴブリンを見送る。


「どういうイメージをしているかは分かりませんが、ゴブリンは姑息で生命力の塊のようなものです。そちらの世界にもいたでしょう?あれですよ。1匹いたら100匹いると思えと言われる奴ですよ。名前はえぇと…」


「あぁ、いい。分かった。異世界にまで来てその名前は聞きたくない」


 そんな表現をしていた以前の異世界人の話を思い出しながら、説明する。名前はいまだに思い出せないが、彼の顔を見る限り、いい思い出はないのだろう。


「…少し進むのが億劫になるな」


「クエスト失敗で違約金を払いたいのであれば、宜しいかと」


「初クエストで失敗というのもアレだしな。まぁ、最後までこなすさ」


 そう言って、彼の歩みのペースは最初のやる気に満ちていた時よりも少し遅くなったまま、足を進めた。


 結論から言えば、この選択が彼の人生を決定づけたのだから、変なこだわりなど持たない方が身のためだと改めて思う。

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