勇者になりたかった男 3
風都シルフィード。風の妖精、シルフの加護があるとされている都市。
何よりの特徴はその都市では風が色んなところで使われている。それは動力源として、またはエレベーターとして、宣伝道具として。特に飲食店の食欲のそそる匂いが都市のあちこちで鼻腔をくすぐるのは、風の影響だ。
彼が身分証は持たない身分だが、大体の町において、門番にお金を渡すことですんなりと通ることが出来る。
・・・決して賄賂ではないと念を押しておくが、金貨一枚と安くはない。身分がしっかりしているのであれば高くもないわけだが。その金貨一枚も払えない彼の代わりに私が懐から出すわけだ。
「悪いな。いつか返す。ところでそれでいくらくらいだ?」
「そうですね。そちらの・・・日本円でいえば一万円といったところでしょうか」
「想像は出来たが随分と高いな。俺も財布に入れてることは少なかったぞ?」
「まぁ、身分の証明できない人は荷物を全て持ち歩きますからね」
異世界人に多いのは圧倒的に日本人である。そして彼もまた日本人だろう。もはや珍しきもない黒髪黒目に、あの歓喜の仕方。そして、このお金の価値観に対する質問にも大分慣れて久しい。だから、ここまで簡単に答えることが出来るというわけだ。
「うーん、流石は異世界。見たこともない人や聞いたことない食べ物ばかりだな」
風都は王国の大規模な都市の一つだけあって様々な人種もいる。人族に獣人、エルフに魔族と見た目でも分かるほどに特徴のある種族たち。
食べ物もレッドボアの串焼きやホワイトバードの丸焼きと彼の世界にはいないであろう動物や魔物が売られている。
あまりに食べたさそうにしている様子に一本レッドボアの串焼きをご馳走してみる。
「悪い。奢ってもらう気はなかったんだ。いつかもっと珍しい魔物でも狩ってご馳走する」
ちなみに私も奢ったつもりはない。このレッドボアは辛くて有名な魔物でそれが好物な人には大変ウケる一品ではあるが、一般人であれば、まず大変なことになる。
「うーん、中々美味しいじゃないか?……ヤバい、辛い。辛すぎる。お前、知ってて食わせたな。みずみずみずみずー」
屋台のあんちゃんから水を引ったくるように飲み込むのを2回3回繰り返すのを、私は笑いを堪えずに見ていた。
この程度の悪戯であれば、彼のここまでの性格上怒ることもないだろう。
案の定、目に涙を浮かべながらも笑顔でこちらに歩いてくる。
「やってくれたな。思っていたよりもユーモアがあるじゃないか」
この反応である。もう少し揶揄うのやぶさかで無いが、そろそろ身分証も作っておこうと冒険者ギルドへと先導する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます